324. 狩りの準備は順調です
アスタロトの腹筋が崩壊せず持ち直した頃、誤解の解けた執務室の扉がノックと同時に開かれた。こんなことをするのは、リリスだけだ。他の者がしたら攻撃対象だろう。そもそも近づく魔力に気づいていたので、誰も驚きはしないが……逆に驚いて足を止めたのはリリスの方だった。
「パパたち、何してるの?」
素で尋ねるリリスの足元で、散らばった書類を片づける4人の姿に目を見開く。零れたインク瓶を回収して床の汚れを消したルキフェルが、ぼそっと真実を告げた。
「ルシファーの癇癪、嫉妬深い男は嫌われる」
「うぐっ……ルキフェル、もうちょっと
発言がぐさっと胸に刺さったルシファーの呻きに溜め息をつき、側近2人が書類を机の上に積み重ねた。書類の上下も裏表も混ざった書類に、リリスは不思議そうな顔をする。
「魔法陣でえいや! ってしたら、すぐじゃない」
言いながら指先で魔法陣を作ったリリスだが、その白い指はルシファーに握られた。作ったばかりの魔法陣を上書きして消去される。
「リリス、これは署名押印済みの書類だから……魔力はマズイ」
「ああ、それで皆は手で拾っていたのね」
署名に使うインクも、押印用の朱肉も、どちらも特注品だった。魔力を強く浴びせたり魔力で改ざんしようとすると透明になって消えてしまう。以前に押印の朱肉を他の書類に貼り付けて出す不正が起きたため、対策として取り入れた方法だった。
問題点はこうした場合に魔力で拾えない。魔法で書類の種類別に積んだり、魔法で運ぶこともできなくなかった。一長一短の仕組みだが、最終的に不正を防ぐことが優先されたので、今も特殊インクが使用されるのだ。もし署名前だったら魔法陣が大活躍だっただろう。
「もう拾い終えました」
丁寧に書類の向きを直し始めたベールの手元は忙しく、次々と書類を分類しながら積み上げていく。このあと各部署に書類は戻される予定だった。その中に見覚えのある名前を見つけたリリスは、左手で書類を1枚拝借する。
右手の指を掴んだままのルシファーが横から覗き込んだ。
「ああ、辺境伯の要望書か」
「ふーん」
興味なさそうな口調を装いながら、リリスは素早く内容を記憶した。最近多くあらわれる魔物退治に魔王軍を派遣してもらいたい旨、ちょうど祭りの時期なので魔王の臨席を賜りたい……よくある一般的な内容だ。気になるとしたら、宿泊予定として辺境伯邸が記されていることか。
ひらりと書類を処理済みの上に乗せて、リリスはルシファーに掴まれた右手をぶんぶん振った。
「ねえ、パパ。ダンスの練習するから今夜付き合って」
「もちろんだ。どんな予定があっても必ず付き合う」
仲のいい二人のやり取りに、アスタロトが口元を押さえる。ふふっ……と漏れてしまう笑いは、どうやら先ほどのあれこれが復活したようだ。書類片手に逃げるように部屋を出る背中を睨みつけ、ルシファーは興味深そうな顔をしているベールに八つ当たりした。
「さっさと書類を持っていけ」
「八つ当たりはみっともないですよ」
しっかり指摘した後、意味ありげに笑う。そのままリリスに向き直り、「実はですね……」と切り出した。ベールが何を話すか焦ったルシファーが、ベールの口を物理的に手で塞ぐ。
「こらっ! いや、何でもないぞ。リリス」
必死で隠そうとするルシファーに首をかしげるリリスは、ベールの陰で指で信号を寄こすルキフェルに頷いた。どうやら嫉妬した魔王様は側近に詰め寄って、大笑いされたらしい。大まかな内容を理解したリリスがルキフェルに手を振った。
「どうした?」
「ううん。今日もらったドレスにどのネックレスが似合うかな? と思ったの。パパが選んでくれると嬉しい」
話を上手にそらす少女に、ルシファーは一瞬だけ視線を泳がせたがすぐに頷いた。
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