83章 勇者が攻めてくる季節

1142. 予想しなかった訪問者

 知らずとはいえ、魔王城襲撃時に城を空けた責任を取りたい。ルキフェルから申し出があり、魔王ルシファーは片付けた書類に肘をつき笑う。


「謝罪ならアデーレにしてやれ。さっきベールも来たぞ。だから同じことを言って返した。行ってこい」


「うん、ごめん」


 慌ててベールを追いかける水色の髪の青年を見送り、膝の上で昼寝する水色のドラゴンを撫でた。アスタロトは妻に付き添っているので、この際だから数ヶ月休んでいいと許可を出した。ここ数年まともな眠りを取れていない部下を労ったのに、何か企んでいるのでは? と疑われたのは心外だ。


「アスタロトもあのくらい素直なら」


「ルシファーが虐めるからよ」


 可愛げがあるのに。そんな言葉をリリスが笑いながら遮った。最後まで口にしたら、アスタロトに聞こえそうだ。助かったとお茶を受け取りながら、隣で寝転ぶヤンをソファにしたリリスに微笑む。


 叱る人が留守なので、今日のリリスは執務室に入り浸りだった。文官の一部は複雑そうな顔をしていたが、リリスはご機嫌で印章を扱う。今日押した枚数は85枚、向きも角度もばっちりだった。今日の仕事は完璧。微笑むリリスと午後のお茶を楽しむ余裕がある。


「ねえ、アデーレはなんて言うかしら」


「早く仕事にお戻りください。お気遣いなく……辺りでどうだ?」


 アデーレに謝罪に向かった大公2人を肴に盛り上がる。ベルゼビュートは辺境見回りが忙しいと言って寄り付かなかった。書類処理が回ってくるのが余程嫌なのだろう。だが、そろそろ決算の時期だから呼び戻さなくてはならない。計算と経理に関してはベルゼビュートの独壇場なのだから。


 ルーサルカ達、大公女は揃って戦闘訓練に出ていった。今日はリリスと一緒で外出しないと告げたせいだろう。4人揃っていれば、攻守のバランスが良い彼女らの心配は不要だった。


「午後の時間が空いてしまったな」


 青い空を見上げた。窓の外は天気がいい。だが出掛けたら嘘をついたことになるので、魔王城から出られない。少し考えて、城内を散歩することにした。以前から朝の日課だった散歩も、リリスを拾ってからは中断を余儀なくされている。ハーブも芽吹いたこの時期は、花々が美しいはずだ。


「散歩に行こうか」


「いいわね。お茶を飲み終わったら、ヴラゴを連れて出掛けましょう」


 喜ぶリリスと一緒にお茶の道具を片付け、まだ眠っているヴラゴをリリスが抱き上げる。よく眠るのは幼竜が健康な証拠だ。久しぶりに中庭と逆の方へ進んだ。この先はハーブや薔薇のアーチがある裏庭になる。ベルゼビュートが温室で育てる薔薇と違う、野生種の小ぶりな花が咲く薔薇の下を潜った。


「死ね、魔王」


 飛びかかってきた人影を指先で弾く。風が巻き起こり人影を飛ばした。が、途中で剣を地面に突き立てて堪えた。運動神経は悪くないようだ。護衛のヤンが唸るものの、魔族による魔王位争奪目的での攻撃は認められている。邪魔は出来なかった。


「ん? まさか人族の生き残りか」


 驚きに目を見開いた。小さな村の単位で生き残った報告は受けたが、魔族に対して攻撃の意思がないと見逃されたのだ。まだ子供と呼んで差し支えない年齢の少女だった。今のリリスより外見年齢が幼い。


「父母の仇っ!!」


 振り上げた剣の重さにふらつきながら、必死に駆けてくる。ここは剣で返礼するべきか。だがリリスより幼い子供相手にその対応は正しいのか。一瞬迷った。父母の仇と叫ぶなら、一撃くらい受けてやっても……。


 きゅーっ!! 目の覚めたヴラゴが興奮して鳴き声を上げる。飛び降りそうな小竜を抱いたリリスの前に立ち、ルシファーは少女の攻撃を結界で受け止めた。

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