1060. 予想外の悩みに困惑

 女の子の日処理の魔法陣と魔道具は、魔王城の売店に並ぶなり売り切れた。追加してもすぐに買われていく。アクセサリー固定用魔法陣以来の大ヒットだった。


 温めると楽になるリリスの意見で、身体を温める機能を追加したのがよかったらしい。特に魔石付きの魔道具に関しては、魔力が少ない種族に大人気で知り合いの分まで大量買いする人がでた。

 

 魔王城で販売される魔法陣にはすべて、譲渡のみ可能とする文言が入っている。高く転売すると魔法陣が起動しない。この点はイザヤやアンナが高く評価した。アンナにも試してもらいたいと、リリスの伝言で託された魔道具を持ったルキフェルは肩を竦める。


 転売防止は2万年ほど前に開発されたと聞いていた。長寿のルキフェルが生まれるより前の話だ。こういった機能は誰かがトラブルを起こし、それを解決する過程で生まれる。一般的な寿命の魔族にとって、高額転売防止は生まれる前から適用された法と同じだった。


「そういえば、具合はどう」


 検査結果を引っ張り出しながら、ルキフェルが尋ねる。深刻な顔のアンナが、言いづらそうに口を開いた。


「あの……大変なことが」


「どうしたの?」


 検査結果に特に問題点は書かれていない。だが日本人と獣人は違う可能性もあるし、女性はアンナだけだった。もしかしたら、彼女にだけ症状が出たのかもしれない。


 今回のリリスのように、女性特有の何かだったら……言いづらくて調査員に言わなかったかも。真剣な顔で続きを待つルキフェルへ、アンナは重い溜め息を吐いた。


「……ったんです」


 聞こえなくて首をかしげる。そんなルキフェルへ、もう一度しっかり言い直した。


「太ったんですっ!!」


「……それで?」


 思わず本音がそのまま口から出た。太るのは当然じゃん。食べて動かないんだから。そんなルキフェルの眼差しは、容赦なかった。アンナには辛すぎる。


「実験だから出かけちゃダメだって、でも太っちゃう! 何とかしてくださいっ!」


 イザヤと夫婦の誓いを立てる前に、ぽっちゃりになってしまう。全力で抗議され、ルキフェルは唸った。他の獣人はけろりとしていたし、部屋の中で鍛錬しているイザヤからも苦情は出ていない。彼女だけ特別扱いで外へ出すわけに行かなかった。


「今までどう対策してたの」


 それと同じ道具なり方法を使えば解決できる。軽く考えての言葉に、意外な答えが返ってきた。


「食べる量を調整してたわ」


「それは無理」


 ルキフェルが天を仰ぐ。栄養失調の調査中に、減量なんてさせるわけに行かなかった。ただでさえ食べた物の生命力が吸収されてない可能性があるのに、食べる量を減らすなんて自殺行為だった。


「吸収させないと意味がないんだ」


 しょんぼりと肩を落とすアンナに、イザヤが近づいて肩を抱いた。ゆっくり二の腕まで撫でてから笑う。


「少し痩せすぎだ。俺はふっくらした昔のアンナも好きだぞ」


 かつてふっくらしていた妹だが、学校で何か言われたらしい。ある日突然ダイエットをすると言い出した。あの頃は食べるよう言い聞かせ、必死で妹を守ろうとした。記憶が蘇り、太っていないと言い聞かせる。


「でも……っ」


「あのさ。たぶん強迫観念なんだよね、そういうの。実際に同じ年頃の子と比べてみれば、理解するかな。今の君は良くないよ」


 痩せる魔法陣もある。もちろん栄養失調を防ぐための安全策は講じられていた。身長や体重、種族から割り出した平均値を極端に下回らないよう、計算してオーダーメイドするものだ。


 魔族の歴史は長く、魔王の治世は途切れなかった。つまり大抵の事態は経験済みで、何らかの対策が練られている。当然、痩せて細い腰や足を誇りたい女性への対策もだ。


「ひとまず現状維持。食べる量を減らしたら、個室で管理するからね」


 危険な減量をやめさせるため、ルキフェルはきっちり釘を刺した。

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