385. 誑かすのもお仕事です

 フリルとレースたっぷりの白い服でおめかしした赤子を抱いて、ルシファーは城下町を歩く。その後ろにリリスの側近として選ばれた少女達が続いた。専属騎士のイポスとヤンが従うため、行列は目立つ。


 今回は目立つことが目的なので、囮役として少女達も動員されていた。もちろん危険性を告げ、彼女らには結界魔法陣をお守りとして渡してある。首から下げた水晶のペンダントを握って魔力を籠めれば、すぐに結界が彼女らを守るよう細工した。


「魔王陛下だ」


「おう、久しぶりだな」


 気楽に声を掛けながら、普段通りに街を散策する。まるで少女達とリリスに街を案内するように、目立つ大通りを横切って露店を冷やかした。


 飴細工を扱う店で、少女達に飴をプレゼントする。ドラゴンを象ったデザインを欲しがるレライエ、美しい琥珀色の飴を選んだルーサルカ。薔薇の花を手にしたルーシアの隣で、シトリーが魚に似た飴を眺めていた。


 うっかり目を離すと、飾られた飴に手を伸ばすリリスに注意しながら、ルシファーは店の中央付近で立ち止まった。端によるとリリスが魔力で飴を引き寄せようとするのだ。リリスの魔力はルシファーと親和性が高すぎて、結界や防壁を通過するので注意が必要だった。


 まだ歯が生えていない赤子に飴を渡せば、喉に詰まらせる可能性があり危険なのだ。


「全員欲しいのをプレゼントするから、遠慮なく選べ。あ、イポスもだぞ」


 ヤンにはすでに鳳凰の飴を買い与えた。出掛け際に城門前でひと悶着あったピヨへの土産だ。留守番に拗ねていたが、囮の危険性を考えると成人したアラエルはともかく、幼鳥のピヨは参加を見送ってもらうしかない。


「陛下、私は仕事中ですので」


 遠慮しようとしたイポスの前に、蝶々の薄水色の飴を差し出す。彩色された飴は、きらきらと色を透過して床に蝶の絵柄を映した。


「これなんかどうだ」


 断る言葉を遮られてしまえば、イポスに断る理由はない。透き通った飴細工の美しい姿形は好ましいのだから、興味がないと言えば嘘だった。


「ありがとうございます」


「あまり大切に保管せずに食べろよ」


 ルシファーが笑いながら注意した。以前にリリスが飴を配った時、受け取ったイポスは大切に保管していたのだ。溶けて形が変わらぬよう、魔法陣つきの保管箱まで用意していた。


 娘に強請られたと高額な箱をプレゼントしたサタナキア公が嬉しそうに語ったため、食べずに保管したことがバレたイポスである。父親に口止めしなかったのは、まさか魔王と己の父が娘自慢を交わしていると考えなかったからだろう。


 一般的に魔族の最高権力者と公爵が、娘自慢を肴にする酒飲み友達だとは思わない。


「はい……」


 照れて赤くなったイポスにくすくす笑いながら、ルシファーが店の主に声をかけた。


「手にした飴の代金を支払おう」


 金貨を手渡したところで、店の主人がリリスに気遣いながら尋ねる。


「あの……姫様が竜の公爵家に横恋慕されたってのは、本当ですかい? それが原因で姫様を殺そうとしたって聞きましたぜ」


 表通りに面した店だから、噂の発信地にはちょうどいい。きょとんとした顔でルシファーの指を咥えているリリスに目を落とし、ルシファーは表情を作った。


「片思いまで咎めるのは気の毒であろう。余に挑んだドラゴンの英雄である少年に関し、心ない噂が広まるのは胸が痛む。魔王位に挑戦する権利はすべての魔族に与えられた不変のもの、余はいつでも受けて立つ。他種族を虐げた今回の首謀者共は粛清の対象だが、挑戦者を貶めることは好まぬ」


 上手に核心を避けて悲しそうな顔で答える魔王に、店の主人は恐縮した様子で「そりゃ失礼な噂ですな」と同意を示した。少年が片思いするのは自由、あくまでも魔王への挑戦者として接する態度を作りながら、さりげなく誘導を依頼する。


「同じ噂をばらまく者がいたら、余の想いを正しく伝えて欲しい。ドラゴニア家もタカミヤ家も、余にとっては大切な臣下だ」


 魔王の来訪につられて店先に集まっていた魔族の間で、ひそひそと噂が書き換わっていく。魔王たるルシファーが厭うのは他種族を犠牲にしたで、巻き込まれたドラゴン種ではないのだと。


 ローブの裾を揺らして振り返り、その場にいたダークプレイスの住人達に微笑みかける。


「助けを求めるすべての種族を守るのが、余の役目だ。そなたらは心安らかに過ごすがよい」


 曖昧な言い方でぼかしたが、絶世の美貌にたぶらかされた魔族はうっとりと頷いた。

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