400. 側近が恐いなんて言えない
左側の申請書の山を片づけ、続いて中央の報告書を手に取る。3つに分けた書類を崩すルシファーは、2時間の説教をリリスの寝顔で乗り切っていた。書類箱の分類くらいで怒るなんて大人げない奴だ、心の中だけで文句を言うのは口にしたら説教が長くなるから。
付き合いが長い分、互いに先を読んで行動してしまうのはしかたない。抱っこしたリリスは、アスタロトの説教に相槌を打っていたが途中で眠り、起きて、また眠ったところだった。彼女にとっての2時間はかなり長いらしい。
「パパ、お仕事の手伝いする」
「印章を押してもらうとすごく助かる! リリスは本当に優しいな。可愛いお嫁さんがいてオレは幸せだ」
褒めながら印章と朱肉を引き寄せ、印の向きを確認してリリスに握らせた。
「えいっ!」
ダンッ!! すごい音がして印章が書類の上に叩きつけられる。書類が歪むほど勢いがあるリリスのために、右手でサインしながら、左手で書類をめくるルシファーは忙しかった。さらに書類に飛び散った朱肉をそっと魔力でなぞって消していく作業もある。
リリスがお手伝いするほど手間が増えるのだが、膝の上にリリスがいる幸せに勝るものはないと、手際よく報告書に目を通していく。既読の印をペン先で記し、報告書を半分ほど片づけたところで騒動は起きた。
「陛下!! 大変ですわ」
「大変なのか、それは大変だ」
相手がベルゼビュートだったため、話を流しながら適当に返事をする。受け答えになっていないのだが、彼女は気にせず続きを話し始めた。
「本当に大変なんですのよ! 勇者が来ました、たぶん本物!」
「はぁ?」
奇妙な内容にようやくペンを止める。ついでにページをめくっていた左手を止めたので、リズムよく押していたリリスが止まり切れずに2枚押印した。
「パパっ! ちゃんとして!!」
「ごめん、これはパパのせいだ」
眉尻を下げて謝罪するルシファーに、リリスは尖らせた唇を引っ込めた。それから膝の上に立ち上がって、ルシファーの頭を撫でる。
「リリスが怒りすぎちゃった」
「いや、怒って当然だ」
頬ずりして仲直りをしている2人の前で、腕を組んだベルゼビュートが大声を張り上げた。
「聞いてらっしゃるの? 勇者が! 来ましたわ! 城門の前に!!」
一言ごとに机をたたいて力説され、さすがにルシファーも振り返った。しかしリリスと頬を寄せ合ったままである。眉をひそめて首をかしげた。
「だって勇者ならここに」
頬をぺたりとくっつけたリリスの黒髪を撫でながら、オーガンジーのドレスワンピ姿の幼女を抱き寄せる。声を上げてはしゃぐ幼女を戯れながら言い切った。
「こんなに可愛い
はぁ……と溜め息をついたベルゼビュートが、しかたなく切り札をきる。
「アスタロトの呼び出しだけど、無視するのね。そう伝えるわ」
「ま、まて! 勇者を名乗る人族ならば、一応会っておこう」
リリスの手前、側近が恐いから行くと言えない。なんとか体面を保つ言い訳を口にして、ルシファーは指をパチンと鳴らしてローブを着替えた。
執務用の簡易な物から、多少装飾品が多い『魔王のお仕事バージョン外用』を纏う。これは幼いリリスが飾りに興味を持つのを避けるため、謁見や視察の時に纏う物として区別していた。
じゃらっと派手なアクセサリーは、ベールがチョイスしている。幻獣や神獣は飾り物好きの習性があるのだ。魔王位を争っていた頃、アスタロトがベールを「カラス」呼ばわりしたのは、光物好きという意味だった。逆にベールはアスタロトを「陰湿な偏食コウモリ」と陰口を叩いたのは有名な話だ。
今となっては笑い話だが……当時は本気で笑えない状況だった。
「中庭から転移しよう(遅れるとアスタロトが恐いから)」
本音を言葉にしないが、ベルゼビュートはただ頷く。もしルシファーを連れてこられなければ「お遣いにすら使えないんですか」と嫌味を言われるのは、彼女自身なのだ。ピンクの巻き毛をくるくる指先で回しながら、ルシファーの後ろに続いた。
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