24. 犬ではありませぬ!
「はぁ……凍らせて、ついでに森を再生しておこう」
ちょっと散歩にいってきます、そんなニュアンスで魔法を展開する。膨大な魔力が注がれた森は一度凍りつき、すぐに新しい芽が顔を出して蘇った。ついでに攻めてきた人族を凍らせてしまったが、見なかったことにする。
再生や回復はあまり得意ではなく、制御に集中した結果のささやかなミスだった。少なくともルシファーはそう考えている。排除派のアスタロトは満足そうに頷いた。
「大変結構です」
教師の褒め言葉のように告げると、彼は転移して消えた。様子を見に来ただけらしい。魔狼もセーレも、股の間に挟んだ尻尾をようやく解放する。
「人族もだいぶ片付けたが、森の外にまだいるぞ。子狼も森の外だな。ここから先は任せていいか?」
数匹の魔狼を残し、群れは子狼の救出に向かう。音もなく森を走り抜ける彼らの姿を見送り、セーレはゆったり伏せた。頭をこすり付けて感謝を示す。
「はい、我が君。ご面倒を……」
「いいさ。養い子の子孫だし、オレの民だもんな」
砕けた口調でセーレの鼻先をかいてやる。他の魔狼と同じ程度まで身体を小さくしたセーレは、ごろんと寝転がって腹を見せた。それでも馬や牛より大きい。腹を撫でてやると、セーレは鼻を鳴らした。
嬉しそうに尻尾を振るセーレに、リリスは興味を持った。怖いもの知らずの赤ん坊は手を伸ばし、小型化したセーレの耳をぎゅっと掴む。
「きゃん!」
さすがに鳴いたセーレに、驚いたリリスが手を離す。その手に引き抜いた数本の毛が付いていた。勢いよく引いたらしい。
「こら、リリス。犬の耳は急所だぞ。引っ張るのはダメだ」
リリスの手の甲をぺちんと可愛い音をさせ、ルシファーの指が触れる。叩くより明らかに弱い動きだが、何度もされた経験があるリリスは大人しく手を引いた。
「……我が君、お言葉ですが…犬ではありませぬ」
犬と狼の間には大きな溝がある。そう告げる配下の声は複雑な響きを滲ませていた。
「悪い」
「だあ!!」
いきなりのけぞったリリスが腕から落ちそうになり、反射的に魔法で受け止めたルシファーが安堵の息をつく。最近、よくのけぞって暴れるので対処も慣れたものだ。
「おっと! 危なかった」
風のクッションに落ちたリリスは、身を乗り出してセーレの尻尾を掴もうとする。抱き起こしたルシファーが、セーレを手招きした。身を起こして近づくセーレは、リリスの手を警戒している。子供の力だが、急所を攻撃されれば痛い。ましてやリリスは手加減を知らなかった。
「あう! だああ」
こっちに来いとばかり、両手を差し出して触ろうとする。手が届かないぎりぎりで止まったセーレに苦笑し、ルシファーはリリスの手を掴んでから尻尾に触れさせた。握らぬよう、注意して近づける。
「撫でるだけだぞ。握っちゃダメ」
最近はダメの単語を覚えたのか、言われると無茶苦茶をしない。リリスの賢さに頬を緩めながら、尻尾に数回触れると満足したらしい。彼女はルシファーの耳を引っ張って、白い髪を口元に運んだ。
「我が君、この赤子は……」
「オレの養い子だ。可愛いだろう?」
でれでれと鼻の下を伸ばした主の姿に、可愛いか? と疑問に首をかしげながらも、セーレは「そうですね」と相槌を打った。先ほど耳の毛を引き抜いた所業は、悪魔のようだったが。
「うー! うー!」
ルシファーの髪を涎塗れにしながら、何度も同じ声を出す。その姿に、ルシファーは目を輝かせた。
「もしかして、オレの名前か! ルーだぞ」
聞いたこともない愛称を作ってご満悦なルシファーから、そっと目をそらしたセーレが呟く。
「たぶん、違うのでは……」
「わんわっ!」
今度は大きな声でセーレを指差して叫んだリリスが、どうだと胸を張る。その姿にルシファーは顔中にキスを降らせながら「本当に可愛い、賢いぞ、リリス」と、文字通り舐め回して褒め千切った。
「ですから……犬ではありませぬ」
項垂れたセーレの抗議は、森の中にむなしく響いた。
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