810. 動き出す歯車の音
こういった場面での情報収集や犯人の洗い出しは、ベールやアスタロトの得意とする分野だ。今夜の星降祭りに参加するわけではない大公に手を借りても、問題はないだろう。
「アスタロト」
召喚の意思を込めて名を呼ぶ。魔力を込めた声に導かれ、側近はすぐに転移してきた。濃いグレーの衣の裾を捌いて膝をつき、花柄のベッドに腰掛けたルシファーを見上げる。
「お呼びですか?」
「ああ、忙しいところを悪いが……人身売買に絡む事案に遭遇したようだ。調査を頼めるか」
「かしこまりました。……ルーサルカがいないようですが?」
義理とはいえ父親だ。可愛い娘を連れて出たルシファーが、どこかの家に置いて来たのかと心配になった。星降祭りはカップルが成立しても、すぐに手を出さないのがルールだ。しかしルールを守る男ばかりではない。万が一にも娘が襲われていたら……。
何やら黒い雰囲気を纏い始めた側近へ、リリスが事情を説明した。
「ゲーデが騙されたの。息子のアミーが危ないから、シアとルカが助けに行ったわ」
「ああ、そうですか。ならば問題ありません」
危険な目に遭ったら、アスタロトの名を叫ぶように教えてある。名を呼ばれていない今、それほど危険ではないのだろう。そもそもルーシアは優秀な水魔法の使い手で、魔力量も豊富である。氷なども操ることから、攻撃や防御にバランスの良い子だった。彼女が一緒なら、そこらの魔族に引けを取ることはあるまい。
明らかに安堵するアスタロトを見ながら「意外と父親っぽい感覚もあるんだな」と失礼な発言をしたルシファーは、笑顔で「何か?」と尋ね返されて首を横にふった。
「人狼と幼子ですか。どちらも人身売買のターゲットとしては、上物ですね」
「下品な表現をするな」
上物という呼び方では、商品扱いである。実際、人身売買では文字通り人を商品として売り買いするが、失礼な表現なのは事実だった。
「申し訳ございません」
人狼は1人しか現認されていないため、希少種だ。成人男性だろうと、構わず手に入れたい輩が出るだろう。解体や剥製などのコレクションをする輩にとっては、成人でも関係ないのだから。
幼子は言うに及ばず、使い道が広い。奴隷として使う方法や、魔獣ならば愛玩動物として飼われることもある。すでに飼っている魔獣の餌にされた例もあった。過去に摘発した事例を思い浮かべ、アスタロトは素早く策を練る。
まず情報収集だが、これはベルゼビュートが向いている。現場の差し押さえはベール、証拠集めはルキフェルの得意分野だった。おおよその手順を頭の中に組み立てたアスタロトは、優雅に一礼する。
「陛下、この場を失礼して手筈を整えます」
「頼むぞ」
有能で優秀だからこそ恐ろしい男を見送り、ルシファーは冷めた紅茶に手を伸ばした。一瞬だけ魔法陣で温めて、口をつける。
「どちらも報告待ちだな」
大公を動かすアスタロトは、摘発を逃れた組織を根こそぎ排除するだろう。人身売買などという非道な行いを許す男ではない。任せれば、最良の結果を持ち帰るのが確実だった。
「運命って、こうやって動くのね」
意味深な言葉を呟いたリリスは、問い返すルシファーに答えずに満面の笑みを浮かべた。
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