1164. 言わないのは愛情です

 アベルとイザヤの元に伝令が入った。というのも、人族殲滅作戦が決行されるが、君達は日本人だから対象外ですという通知も兼ねている。伝言を聞いて頷くイザヤは、気遣わしげに屋敷を振り返った。


 さきほどヤンに送られ帰宅したアンナは、疲れたのか眠っている。彼女に知らせるのは、控えよう。出産前の女性は精神的に不安定になる上、火事を見ると子どもに差し障りがあるなどの迷信も多かった。日本でも聞いた話なので、ここは胎教を理由にアベルにも口止めが必要だ。離れになっているアベルの家に向かい、話し合って取り決めをする。


 外へ出ると夕暮れ時。空はいつも以上に赤く見えた。感傷的になってるな。自分達を無理やりこの世界に召喚して、閉じ込めて利用しようとした。あんな連中滅びて当然だと思う。なのに、同じ姿形をしているだけで同情しそうだった。


「関係ない」


 わざと口に出して突き放し、イザヤは愛しい妹であり妻であるアンナの待つ家の玄関をくぐった。甘い香りが漂う室内は、夕食の準備ができたらしい。せっかく戻ったところだが、アベルを呼びに戻るか。


「アンナ、もう出来たのか?」


「ええ。アベルを呼ばなくちゃね」


「鍋は俺が運ぶ。危ないから自分で運ぶなよ」


 言い聞かせたところに、アベルが顔を見せた。時間で判断したようだ。ちらりと目配せしあって頷き、2人は何もなかったように準備を手伝い始めた。


「うわっ、シチュー? 懐かしいな」


 アベルが喜ぶと、アンナは笑いながら皿を手渡す。その間に熱くて重い鍋をイザヤが机に移動させた。慣れているので手際がいい。食卓に並んだサラダ、シチュー、パンを前に手を合わせて食事を始める。つい先日近所で生まれた獣人の子の話題で盛り上がる彼らは、人族殲滅について一切触れなかった。





 3人の日本人の夕食が終わり、片付けの皿洗いをしたアベルがデザートまで堪能して欠伸をしている頃……暗くなった森の中は大喧嘩の真っ最中だった。


「だから、僕が特攻するでしょ」


「それはダメよ。ずるいわ」


「覚えてないんだもん、前回はノーカウントで」


 ルキフェルとベルゼビュートの争いに、ベールが口を挟む。


「大公は後ろで控えるべきでは?」


「「えええ!?」」


 魔獣達は話し合いが長くなると踏んで、狩猟班が出かけていった。エルフ達も自炊の支度を始め、隣でリザードマンが背負ってきた魚を提供する。エルフとリザードマンが魚のスープを作り上げたところに、魔獣が肉を持ち込んだ。それを捌いて、焼いて魔獣達に提供される。匂いにつられたのか、魔熊や魔鹿なども集まってきた。


 増え続ける応援という魔族連合に、ベールが最終決断を下した。


「大公は全員後方支援。今回は子どもを含め、一匹も逃しません。容赦も情けも不要です。あの魔物共は陛下のお手を煩わせたのですから、殲滅します」


「……わかった」


 むすっとしながらも、ルキフェルは育て親の命令に従う。というより、後方支援なら間違って放ったブレスが届いても、仕方ないよね? と狡い考えを育てていた。


「仕方ないわね。殲滅なら魔獣が有利だもの」


 譲る姿勢を見せるものの、魔獣を守る名目で精霊を送り込めば、いくらでも手の出しようはあるわ。と悪知恵が働くベルゼビュートが笑う。


 どちらも似たようなタイプだが、当然付き合いの長いベールが彼と彼女の思考に気づかないわけはなく……。


 あまりキツく制限すると後で暴発しますからね。適度に不満のガスを抜いてやるつもりでいた。もっとも残虐なアスタロトと、温厚過ぎて甘い魔王が不在の魔族連合軍は、思わぬ利害の一致で団結する。森の外とはいえ、焼け野原と化した海岸を見て、魔王とリリスが絶句するのは少し先の話である。

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