727. 屋台で振舞うお作法?

 屋台の多さと食べ物の匂いに目を輝かせたリリスは、近くのお店に駆け寄った。腕を組んだお疲れ魔王を引きずって、屋台のテント下へ頭を突っ込む。


「ルシファー、みて! これ、欲しいわ」


「好きなだけ買っていいぞ」


 経済を回すため予算をふんだくったルシファーの許可を得て、リリスは色鮮やかなドライフルーツを指さした。


「ここからここまで全部」


「ちょ、ちょっと待て。リリス」


 慌ててストップをかけるルシファーに、リリスは目を瞬かせる。何かおかしなことを言っただろうか。好きなだけ買っていいと言ったのはルシファーじゃない。そんな視線に、ひとつ息を吐いた魔王は丁寧に説明を始めた。


「いいか? ある程度買っていいが、お店の買い占めは禁止だ。他の子が買えなくなったら悲しむぞ」


「でも買ってから分けるつもりなの」


「それなら近所の子を集めて、好きに選ばせてからお金をオレが払おう」


 全部持ち帰るつもりはなく、買ったドライフルーツを民に分けると口にしたリリスの優しさに、ルシファーは微笑みながら別の方法を提案した。リリスが手渡すなら受け取るだろうが、違うフルーツが欲しい子もいるかもしれない。好きなフルーツを選んだあとで、お金だけ払っても同じだろう?


 提案の意味を理解したリリスは大きく頷いた。それから遠巻きにしていた子供達を招き寄せた。尻尾を振る犬獣人の子、耳をぴんと立てた猫耳の子、鱗がある子も……全員を近くに寄せると、ひときわ小柄なトカゲの子を抱っこする。屋台の棚の高さより身長が低くて、中が見えないらしい。


 リリスに抱っこされた子は照れながらも、イチゴを指さした。店主は手早くイチゴのドライフルーツを入れ、次に指さされた柑橘も上に乗せる。詰めた袋の中をのぞいたトカゲの子は、嬉しそうに笑った。その子の頭を撫でたルシファーが、足元の小さな魔獣の子に気づく。


 つぶらな目の狼系の子を抱っこしたが、彼は果物を食べないだろう。


「後で肉の屋台に寄るから、今はやめるか?」


 他の獣人系の子を見て、残念そうにしながらも頷く。魔獣の中には食べる種族もいるが、この子はフルーツに興味はなさそうだ。みんなが集まったので、一緒についてきたのだろう。抱っこしたルシファーが頭を撫でると、鼻を鳴らして甘えた。


 リリスが次々と子供達と触れ合いながらフルーツを選び、最終的に10人程が紙袋を抱えて笑顔になる。きっちり支払いを済ませ、魔獣の子を抱いたままリリスと腕を組む。見れば、リリスも自分の分を買っていた。


 袋に手を入れてラッシュと呼ばれる赤い実を取り出す。生で食べると硬くて酸っぱいが、干すと途端に甘さを増す果物だった。


「あーんして」


「あーん」


 口に入った甘酸っぱいベリーに似た味を噛み締め、ふと見ると抱っこした魔獣が寝ていた。ぐったりと胸元に頭を預けて寝る狼の子に、後ろで護衛を務めるヤンが苦笑いする。


「我が君、我が預かりますぞ」


「いや、起きた時にフェンリルの背ではびっくりするだろう」


 上位種の背に乗ったり、口で首を咥えれていたら驚くのは間違いない。それもそうだと納得したヤンは、リリスに「ヤンも食べる?」とパインを口に放り込まれた。もっしゃもっしゃと咀嚼するヤンの牙に、パインが突き刺さる。舌でなぞるものの、うまく外れない。


「ヤン、大きく口あけて」


 白い手を突っ込んだリリスが、牙のパインを引き抜いて舌の上に乗せた。森の王者である灰色魔狼フェンリルの牙を撫でてから振り返ったリリスは、突然の声に肩を竦める。


「返せっ!!」


 その声は隣に立つルシファーではなく、別の方向から聞こえた。

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