100. 魔王様、ついにキレる

 すべて裏目に出た結果がこれだ。踊らされた女達を気の毒と思う余地はない。こぞって自ら踊り狂ったあげく、最高権力者の逆鱗に触れたのだから。


「アスタロト、捨てる雌は記憶しろ。ベールはあの雌共をすべて捨てて来い。ルキフェル……悪いがしばらく護衛を任せる」


「「畏まりました」」


 ベールとアスタロトが消えた中庭で、ミュルミュールが苦笑いして立ち上がった。


「リリスちゃんが、泣かないようにしてあげてくださいね。この子はいいこですもの」


 そう笑うミュルミュールに、ルシファーは「もちろんだ」と約束する。今後もリリスを利用しようとする貴族や魔族が現れるはずだ。それは魔王に近づく手段としてだけでなく、彼女を手中にして魔王を操ろうとする者も想定された。リリスには、ルシファーしかいないのだ。


「リリスが幸せじゃなきゃ、オレは幸せになれないからな」


 怒りで厳しい顔をしていたルシファーが、ようやく苦笑いを浮かべた。ふわりと浮き上がったルキフェルが、ルシファーの眉間に触れる。


「ここにしわ寄せると、リリスが嫌がる」


 保育園通いを始めてから急速に大人びたルキフェルの指摘に、ルシファーの強張った顔が緩んだ。腕の中のリリスはまだ首に回した手を離さない。


「そうだな。帰ろうか、ルキフェル」


「うん」


 ルキフェルと手をつなぎ、転移で城に戻る。転移防止の魔法陣を避けて城門に現れると、諦めの悪い女性達が数人残っていた。


「陛下!」


 本来、魔王に声をかけるには許可がいる。普段から気安く接するルシファーに慣れた民はもちろん、貴族は周知の事実だった。そのため「気楽にしてくれ」とルシファーから声をかけない限り、公的に声はかけられないのだ。不文律が免除されるのは大公位だけだった。


 声をあげた女をじろりと睨む。だが興味のないルシファーは視線を逸らし、ヤンに手を伸ばした。ふさふさの毛が一部傷ついている。


「これはどうした?」


「……なんでもございません、我が君」


 ヤンは自ら口にする気はないらしい。それならば…と近くで槍を持つ門番に尋ねた。


「この傷は?」


「城門を突破しようとした方々が魔法を使われた際、爆発が起きました。我らを護るため、ヤン殿が盾となってくださり、傷を負ってしまい……申し訳、ございません……っ」


 途中で半泣きになった門番の肩を叩いて「悪かったな。ご苦労だった」と慰める。左腕のリリスがもぞもぞと身体の向きを直す。それでも腕は首に回されたままだった。よほど怖い思いをしたのだろう。


 収め様としていた怒りが再び沸き上がった。王妃の座が欲しいなら己を磨いて選ばれれば良い、他者を傷つけ踏みつけ利用してのし上がろうとする必要はない。リリス、ヤン、次々と周囲を傷つけられる状況を許す気はなかった。


「あの、陛下……未婚女性を集めていると伺いましたの。私はスヴェント侯爵家のアンと申します」


「ほう? スヴェント侯の娘か」


 興味を示したフリで振り返れば、派手な化粧をした頬を赤く染める女がいた。美しいかと問われれば、自身の方が整った顔のルシファーに判断はつかない。しかし、アンの内面が醜いことは確信できた。


 配下であるフェンリルの傷をいとう魔王に対し、加害者側であるにもかかわらず、謝罪せずに自己紹介を始めたのだから。


「ルキフェル、スヴェントを呼べ。オレはヤンと部屋に戻る」


「わかった」


 親を呼び出す。つまり自分は選ばれたのだ! 嬉しそうにルシファーの隣に駆け寄り、アンが馴れ馴れしく腕を組もうとする。右腕に触れる直前、ルシファーの怒りが爆発した。


「誰が余に触れる許可を出した? 身の程を弁えよ!」


 封じた魔力が溢れて揺らぐ。感情によって引き出された魔力は可視化され、侯爵の娘を吹き飛ばした。触れた手は、手首から先が千切れている。青ざめて震える女を残し、ルシファーは踵を返した。封印はほとんど外れかけている。怒りが魔力となって全身を覆った。


 八つ当たりしないため、ひとつ大きく深呼吸をする。溢れる魔力が炎よろしく全身を包む状態は、激痛が走った。焼けて縮れたヤンの毛を撫でて癒しながら、現状を悟られぬよう穏やかに声をかける。


「ヤン、供をせよ」


「はっ」


 鼻を地に擦り付けて平伏し、全身で敬意を示したヤンの隣をすり抜けると、城内に入るため小型化したフェンリルが付き従った。

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