1288. 翡翠竜の意外な才能が開花

 壊した物は自分で直すように。届いた命令書に、ルキフェルは肩を竦めた。ベールを引き上げさせて、僕に意地悪をしたつもり? アスタロトだろうな。


 くすくす笑いながら振り返る。手にした書類を渡した。


「僕は魔法陣作るから、街の復興の指揮をお願いするよ」


「報酬は絶対ですよ!」


「わかってる。約束は守るから安心して」


 ルキフェルの確約をとって、ようやく彼は動き出した。翡翠竜アムドゥスキアスその人である。鱗大量販売作戦にレライエが反対したため、地道に稼ぐことにした。過去の財産だけを捧げるには、翡翠竜はレライエを愛しすぎている。溢れんばかりの金貨を結婚式までに用意したい。


 ルキフェルは苦手な作業をそっくり丸投げし、復元魔法陣を弄り始めた。地形を戻すのは魔法で構わない。幸いにして魔の森は元に戻ろうとする力が強いから、魔力を与えれば自力で復活するだろう。人工物はそうはいかない。


 同時に直すのが理想だが、魔法陣が複雑になり過ぎた。失敗した時、途中で止めるにはもっと簡略化したい。安全策が取られていない魔法陣の危険性は、身に染みて知っていた。過去にそれで島をひとつ吹き飛ばして、凄く叱られたのだ。同じ失敗はご免だった。


「地形はうねうねとぉ、瓦礫はこっちへぽい」


 何やら歌か呪文のような声で指示し始めたアムドゥスキアスは、思わぬ才能を発揮した。以前に見た記憶のままに、崩れた山を修復していく。噴火の所為で横穴が空いた部分を塞ぎ、零れていた溶岩を冷やし固めて砕いた。


 驚くルキフェルの目の前で、短足の小さなドラゴンが両手をぐるりと回す。大量の魔力を放出して、大地を動かした。割れた大地の裂け目が塞がり、表面を覆う溶岩を砕いたことで、魔の森の木々は周囲の魔力を回収しながら急激に成長し始める。


「えいっ! えええぃ!!」


 奇妙な掛け声で腰を振りながら踊る翡翠竜の姿に、ルキフェルは額を押さえて呟く。


「アドキス、非常識すぎる。陛下じゃないんだから」


 これをルシファーが為したのなら、誰も驚かない。だが翡翠竜は大公職にも就かぬ、ただの一般ドラゴン種なのだ。何か役職でも与えようか。復興担当とか? 災害に備えて確保した方がいいかも。平時も給与が出ると知れば、きっと喜ぶだろうし。


「ねえ、アドキス。安定した職に就く気はない?」


「うーん。レライエといる時間が減るのはちょっと。あと、帰ってきた彼女を手料理で迎えたいんだよねぇ」


 新婚生活に夢見る翡翠竜に、現実を突きつけた。


「レライエ嬢は、大公女だよ。結婚しても城に泊まることが多い。でも君が役職に就けば、魔王城に部屋がもらえる。その部屋を隣同士にするくらい……僕なら簡単だけど?」


 にやりと笑って餌をぶら下げる。目を輝かせるアムドゥスキアスは、短い両手で頬を包んだ。後ろ足で立ち上がり、踊るような足取りで身を捩る。愛らしい仕草だが、よろめく蜥蜴に見えなくもない。引きつった顔で笑いながら、ルキフェルは彼の返答を待った。


「本当に、隣?」


「続き部屋がないからね、でもテラスが繋がった部屋はあるよ」


 魔王と魔王妃の部屋以外、続き部屋で作られた私室はない。もちろん作ることも可能だが、現時点ですべての手札を切る必要はなかった。渋られたら切るカードは残しておくのが、交渉の常だ。この点、ルキフェルは経験が豊富だった。恋に盲目の翡翠竜を手玉に取ることなど、造作もない。


「テラスが繋がって?」


「そう、行き来できるね。彼女も喜んでくれると思うよ」


 大公女レライエの後見人は、ルキフェルだ。婚約者となった翡翠竜から見れば、義理の父も同じ。素直に頷いた。ペタンとお尻を付けて座り、両手を合わせる。


「よろしくお願いします」


「こちらこそ。よろしく……災害復興官アムドゥスキアス君」


 今までに存在しなかった新しい役職を口の中で繰り返して覚え、翡翠竜は両手で頬を包む。レライエが喜んでくれるといいけど。

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