1032. ちょっとだけなら
最近異世界から持ち込まれた銃は、見つけ次第処分することが決まっている。魔王軍が回収した銃は、鳳凰のアラエルが定期的に火口へ捨てていた。簡単だが重要な任務の褒美は、番のピヨと1日自由に火口で泳いでも良いという……ささやかな楽しみだった。
義父ならぬ義母? にあたるヤンの許可も出ているため、心置きなく婚約者を独り占めできるとアラエルはご満悦だ。そうやって処理される銃を持ち帰り、ルシファーは廃棄物の箱に銃を片付ける。すでに数十本片付けたが、まだあるかも知れない。
ベールを伴い研究所へ顔を出した。まだ立ち直れないルキフェルに事情を説明し、人族の死体を並べる。収納ではなく城門への転送を選んだため、門番が担架で運んできた。
「……魔力が全く、ない?」
「そうなんだ。奇妙だろう?」
できるだけルキフェルの気を引くよう言葉を選ぶルシファーの後ろから、リリスが気負いなく話しかけた。
「ロキちゃん、今日プリン作ったら食べる?」
「もらう」
即座に返答があったので、リリスがイポスを伴って部屋を出た。気をつけるよう言われ、途中で料理が得意なシトリーを誘う。イフリートがいる厨房へ向かう気配を追いながら、ルシファーは考え込んだルキフェルの答えを待った。
「調べてもいいけど」
そこで言葉を切られてしまい、ルシファーとベールはごくりと唾を飲む。何か要求があるのだろうか。
「調べる価値があるの?」
……気づかれてしまった。これは必要な調査というより、ルキフェルを何かに夢中にさせるための材料だ。気落ちしている彼を慰める獲物だったのだが、頭のいい彼は先の先を読んだ。
「調べなくてもいいですよ。あなたが心配だったのです」
ベールがそう告げてルキフェルを抱き寄せる。その姿にルシファーが「ずるい」と呟いた。それでいいなら、最初からそうしておけ。何をいい顔してやがる。そんな心の中の罵りに気づいたのか、ベールが何か? と睨みつける。
首を横に振り、ルキフェルを任せると身振り手振りで語った魔王は研究所を出た。
「オレ、魔王だよな? この城の主人で、世界の頂点に立つ強者じゃなかったか?」
ぶつぶつ呟きながら、空を見上げる。爆発の危険性が高い研究所は、魔王城の敷地内にあるものの、独立して建てられていた。そのため通路にも屋根は設置されていない。
いつも晴れている空が、曇っていた。どんよりと気分が重くなるような灰色の雲が、すごい早さで流れていく。しかし時折見える青空も色が褪せて感じられ、ルシファーは眉を顰めた。
「アスタロトがやり過ぎてないだろうか」
この不吉な空模様、胸騒ぎ、きっと何かしでかしたに違いない。アベルが大地に埋められていなければいいが。一応魔王チャレンジの覇者だから、そう簡単に殺さないと思う。しかし一度考えてしまうと、悪い方へと予想が引きずられた。
「ちょっとだけ、覗くだけだから」
どこぞのエロ小説のセリフのような発言をして、ルシファーは空中に覗き見の空鏡を作る。気配を殺し、ついでに息も詰めて覗き込んだ。
「……何も見えない」
真っ暗だ。おかしいぞ、座標をアスタロトのやや後ろに指定したが間違えたのか。久しぶりに使う術だし、そういうこともあるさ。もう一度集中してやれば……。
「陛下、何をしておいでですか?」
空鏡が音もなく砕け散り、ルシファーは青ざめた。バレた。それも一瞬で術を返されたぞ。これは逃げるしかない。慌てて痕跡を消して逃げようとしたルシファーの足元、黒い影からアスタロトが現れた。がっちりと手首を掴まれ、ルシファーが首を横に振る。
「ご安心ください、ルカもアベルも……人狼親子も無事ですから。ただ陛下のご無事だけは保証できません」
「な、にも」
「ええ。見えないように闇を貼りましたからね。この術はもう使わないと約束していただけますか?」
「はい!」
勢いよく情けない返答をした上司に、アスタロトは満足そうに頷いた。
「ではまだ向こうに用がありますので、失礼いたします」
再び影に消えた部下を見送り、ルシファーはほっと安堵の息をついた。自業自得だが、怖い思いをした。ここはリリスの顔を見て癒されるべきだ。そう考えて厨房へ足を運ぶルシファーは、先ほどの悪い予感を忘れていた。
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