1020. 手土産を用意する気遣い
こういうお呼ばれに詳しくないので、アベルは別の人物にも判断を仰いだ。護衛のイポスだ。魔王の執務室の前に立っている彼女に近づき、話しかけた。
「あの……アスタロト大公家の食事会に呼ばれたんですが、手土産って何がいいですかね」
「手土産、か」
きりりとした金髪美女は、サタナキア公爵令嬢だ。きっと作法は詳しいに違いない。アベルにしては考えた。ルーサルカは初めての彼女で、婚約者なのだから、当然嫌われたくない。自分より強くて寿命も長い彼女なら、きっと添い遂げてくれるだろう。
この世界で可愛い彼女を作りたいアベルは、獣の尻尾もすべて愛すべきパーツだと思っている。二次元のあれこれに興味があったお年頃に召喚されたため、偏った知識も山ほどあった。
「一般的には花だろう。だが魔王陛下とリリス様が参加されると聞いたので、薔薇はやめておけ。ルカなら黄色い花が好きだぞ」
有力情報ゲットである。すぐに礼を言って魔王城から飛び出した。黄色い花、黄色い……確か屋敷の庭に鮮やかな黄色の小花が生えていたはず。元勇者のスペックを最大限活かし、全力で屋敷に駆け込む。庭の片隅で揺れる黄色い水仙に似た花を摘んで、母屋のアンナに助けを求めた。
「悪い、これを花束にしてくれ」
「いいけど……その服、中華服みたいね」
手際良くリボンでまとめてもらう間に、ルキフェルに頼んだことを説明する。黄色い花を好きだという情報をもらったイポスの話もした。その幸せそうな姿に、アンナがくすっと笑う。
「馬子にも衣装、でも似合ってるわ。頑張ってきなさい」
花束を渡され、礼を言ったアベルは魔王城へとって返した。アデーレが食事を披露してくれるのは、アスタロトの城ではない。魔王城の一室だった。調理に城の調理室を借りたと思われる。城へ向かうアベルの足取りは軽く、スキップ状態だった。
「アベル、今からなら一緒にどうだ」
城の中を歩く純白の魔王に呼び止められる。イポスの予想通り、リリスは鮮やかな赤い薔薇を抱えていた。薔薇に比べると地味だが、凛とした清楚な感じの水仙もどきも悪くない。にっこり笑う前向きポジティブなアベルは、素直に魔王の好意に甘えた。
「お願いします」
「ああ、その服はルキフェルだな?」
見たことがある、そう付け加えたルシファーが歩き出す。普段と変わらぬ姿に見えるが、よく見ると髪の一部が三つ編みになっていた。イポスが微笑んでいる様子から、リリスの悪戯だとわかる。時々髪を編んだりリボンを結んだりするのだ。
「お借りしました」
「今のあいつによく近づいたものだ」
感心したような響きに、確かに機嫌は悪かったとアベルは頷く。だが無視されなかったし、何だかんだ文句を言いながらも用意してくれた。当初は怖かったが、今になればよい上司である。
「ルキフェルさんは優しい上司ですから」
「……あ、うん」
複雑そうな顔で流すルシファーは、脳裏で「優しい?」と繰り返した。かなり勘違いしている気がする。そういった表現とは遠い子だと思うが。まあ疎まれるよりいいだろう。
用意された部屋に着くと、ルシファーは軽くノックしてすぐに扉を開いた。
「お誘いに感謝する」
「ありがとう、アデーレ」
リリスも軽く会釈して挨拶し、続いてイポスが一礼して扉の脇に控えた。ヤンは昨日から休暇中なので不在だ。後に続いたアベルは、突き刺さるような視線に首を傾げた。
普通の神経なら居た堪れなくなるような居心地の悪さも、彼はさらりと流した。というより、不遇に慣れている。
「アスタロト公爵夫人、お誘いに御礼申し上げます」
丁寧に頭を下げ、迎えに立ったルーサルカに花束を渡す。すでにアデーレが食卓の花瓶に薔薇を生けたため、水仙もどきはルーサルカが侍従に部屋に運んでくれるよう頼んだ。
全員が席につく。魔王と魔王妃が臨席のため、いわゆるお誕生席には彼らが座る。ホストとしてアスタロト大公、その隣にアデーレ夫人、ルーサルカ、アベルだ。向かいに大公女達と翡翠竜が並ぶ。
緊張とスリルに溢れた食事会が、今始まろうとしていた。
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