115. ゾンビは悪臭の巣でした
「え、あれ?」
てっきりアンデッド達を包囲すると思った魔法陣が、自分達の足元に広がっている。そのままアスタロトによる選別が行われた人々は、一斉に安全な保育園の中庭へ転移させられた。
見回して状況を確認したミュルミュール先生の顔が、ほっと緩む。
「さすがはアスタロト大公閣下です。全員揃っていますね」
「リリスちゃんと、リリスパパがいないわ」
アリッサの指摘に、ミュルミュール先生は笑顔で言い切った。
「それなら大丈夫ですよ。魔王陛下は最強ですから」
「そうですな」
貴族達の同意もあって、あっさり皆は納得した。湖のほとりには、アンデッド対策を行う大公と魔王が残っている。撃ちもらして街に侵攻してくる心配はなかった。
「……それで?」
「どうしました?」
分かっていて質問へ質問で返すアスタロトに溜め息をつき、近づいて輝く金髪をくいっと一房引いた。顔を素直に近づけたアスタロトが、赤い瞳を瞬く。リリスに似た目の色を見ているうちに、なんとなく怒りが分散してしまった。
「なんでアンデッドが残ってるんだ?」
当初の案では、アンデッドを別の場所に転移させて燃やす話だった。いつのまに逆になったのか。
「おかしなことをおっしゃいますね、陛下。もし親子と同じ場所にアンデッドも転移させたら、保育園が大惨事でしょうに」
大きく溜め息をついたルシファーが、掴んでいた髪を離した。鼻を摘んだままのリリスが、白い髪を掴んで気を引く。
「リリス?」
「くちゃ~い」
よしよしと撫でて、ふと気付いた。どうしてオレとリリスも一緒に保育園へ送ってくれなかったのか、と。この場で戦闘員として役に立たないのに、残された意味がわからない。
「アスタロト、転移してくれ」
「なぜです?」
速攻で疑問が返ってきた。逆に、なぜオレを転移しない? と聞きたいのはこっちだ。互いの意思の疎通が出来ていない。
「もういい。片付けろ」
ひらひら手を振って、だいぶ距離を詰めたアンデッドを示した。ベルゼビュートは取り出した弓に矢をつがえている。
「我が敵を
ベルゼビュートの口から、ちょっと厨二っぽい言葉が放たれた。同時に矢も飛んでいく。先頭の1匹に刺さった矢が中心となり、数十匹を巻き込んだ炎の柱が立ち上がった。真っ直ぐに上へ燃えたため、森への延焼を抑えたのは素晴らしい。
「やったわ!」
「見事だ、ベルゼ」
ぐっと拳を握って喜ぶ姿は、新しい魔法陣のお試しだったらしい。成功した魔法陣が消えると、後ろからまたゾンビが歩いてくる。彼らに恐怖の感情はないから、退却という選択はなかった。餌となる生者へ向かって、ひたすら前進あるのみだ。
「ベルゼビュート、矢は群れの中央に当ててください。その方が効率が良いはずです」
矢を中心に円形の魔法陣を展開するなら、先頭の1匹に当てるより集団の真ん中に投下した方が効果的だ。そう告げながら、アスタロトは自らの手に握る剣を鞘から抜き放った。まさか切り結ぶのかと眉をひそめたルシファーを他所に、彼は振りかぶった刃を一気に振り下ろす。
風の刃を中心にした竜巻が、ゾンビを切り刻んで粉々に叩き潰した。以前にドラゴン族の男を粉砕した技の改良版か。余談だが、ドラゴン肉だと『
ぷーんと漂う腐敗臭に、ヤンが鼻を押さえて呻く。リリスも顔をしかめ、ルシファーの首筋に顔を埋めてしまった。いやいやと首を振って半泣きだ。目に沁みてきそうなくらいの悪臭に吐き気が込み上げた。そういえば、先ほどお弁当を食べたばかりなのだ。
「あずだるど……ぐしゃいがら」
鼻を摘んで情けない声で語りかけると、念話が返ってきた。
『素っ頓狂な声を出さないでください。笑いすぎて腹がよじれます』
『笑ってから言え! じゃなくて、臭いから。潰すの禁止で』
『何もしないくせに我が侭な人ですね』
文句をつけるアスタロトは臭いを気にしていない。そこで思い出した。ヴァンパイア系の種族って、呼吸止めても平気なんだわ……そりゃ臭いを遮断するために息を止めるだろ。自分だけ楽しやがって。ルシファーの睨みつける視線に、裏技がバレたと気付いたアスタロトが笑ってみせた。
『気付くのが遅すぎます』
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