114. 失礼なことを考えませんでしたか

「パパ……」


「大丈夫、パパはここにいる」


 抱き上げたリリスが、ルシファーの首に冷えた手を回して抱きついた。湖から離れる形で、魔王とフェンリルを中心に集まった親子の様子に、ルシファーがアスタロトを呼ぶ。引率のミュルミュールとガミジンが、子供達を数えた。


「全員いるか?」


 ルシファーからの問いかけに、ミュルミュールが応じた。


「はい、います」


 その心強い断言に安堵の息をついた途端、生ぬるい風が吹いた。ヤンが顔をしかめて呟く。


「アンデッドですぞ、我が君」


 特有の腐敗臭を感知したフェンリルの顔が嫌悪に歪んだ。湖を囲う森の中から、元魔物がぞろりと顔を見せる。ゆったりした動きで近づく魔物や魔獣だったモノは、表面が崩れて腐っていた。


 獣人や魔狼以外の者も、鼻をつく悪臭に顔をしかめる。


「お待たせいたしました。陛下」


 さきほどの恐怖バージョンではない側近が、ベルゼビュートを伴って現れた。呼び出しは大した魔力を消費しないため、ルシファー単独で行っても問題ない。襲撃と言う物騒な単語を使ったため、戦闘能力が高いベルゼビュートを選んだのだろう。


「やだ、よりによってアンデッドなの? これと戦うとしばらくくさいのよね」


 零れそうな大きな胸元を寄せるように身を乗り出したベルゼビュートが、ふわふわのピンクの巻き毛を弄りながら眉根を寄せた。死に損ないアンデッドは吸血鬼からグールやゾンビ、スケルトンまで大きな括りで考える人族と違い、魔族には明確な分類が存在する。


 単体での自我の有無と、他者の認識能力だ。


 分かりやすい例だと、生きた種族に出会った際に「他人」として認識できるか「餌」と考えるか。また種族としてでなく、個としての思考能力が存在するかどうか。そのため、今回出てきたゾンビ系は魔族から死に損ないアンデッドと認識される。


 吸血鬼ヴァンパイア首なし騎士デュラハンと明確に区別されてきた。自我があり自ら判断して動く彼らは不死に近いが、ゾンビを含め完全に不死の魔族は存在が確認されていない。


「面倒だな」


 数が多い。焼き払うのが一番簡単な処理方法だが、水の妖精族ウンディーネ樹人族ドライアドは火に弱いため、出来れば使いたくなかった。


「切り刻みましょうか?」


「子供によっては精神的外傷トラウマになるぞ」


「……この光景自体がトラウマですよ」


 苦笑いするアスタロトは、右手に呼び出した剣を一度鞘に戻した。


「地を割って埋めたらどうかしら」


「すぐ復活するぞ」


 ベルゼビュートの提案も悪くないが、少しすると彼らは復活してしまう。浄化すれば被害は少ないが……実はアスタロトが吸血鬼系の派生であるため、巻き込むとマズい。簡単に浄化されて消滅するような玉じゃないから、余計に報復が怖かった。


「陛下、いま失礼なことを考えませんでしたか?」


「い、いや……何も」


 ぶんぶん首を振って否定したルシファーの腕の中で、鼻を摘んだリリスもぶんぶん首を振る。真似をする余裕があるリリスの黒髪を撫でながら、ルシファーはひとつの決断をした。


「よし、全部まとめて転移しろ。その後は任せる!」


 部下に丸投げという最悪最強の切り札ジョーカーだった。


「はぁ?」


 何言ってるんですかね、このバカは。そんな顔をしたアスタロトに、説明と言う名の言い訳を始めた。


「まず転移させて、子供達の精神的な面を含めた安全を確保する。それから焼却処分すればいいじゃないか。ウンディーネやドライアドがいる場所で火は使えないだろ」


「……いろいろ言いたいことはありますが、有効な策ですね」


 集まった種族は火、水、風、浄化、どれかが弱点となる。どの方法を選んでも、親子のうち誰かが犠牲になるのだ。しかも、幼子は親より耐性が弱い。アンデッドを倒す過程で、子供に被害が出たら一大事だった。


 ルシファーの屁理屈に納得したアスタロトの手が、パチンと音を鳴らす。範囲指定を行って対象を絞り込んでから、あっさりと転移魔法陣を描いた。

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