3章 リリス嬢、保育園でお友達作り

34. 多種族保育園を作ります

 フェンリルは前足をクロスさせて、その片手で魔王ルシファーを押さえている。


「陛下、謹慎中でしたよね」


 疑問系ですらないベールの冷たい声に、「はい」と返事をした。呆れ顔のベールが合図をすると、フェンリルは離してくれたが、逃げられないように服の端を爪で押さえられる。


 咄嗟に結界で包んだリリスは無事で、ハイハイしながら近づいてきた。丸いボール状の結界を器用に転がしながら這ってくる。


「おいで、リリス」


「ダメですよ」


 ひょいっと横からアスタロトがリリスを抱え上げた。追いかけたアスタロトの角は見えない。消してから飛び出したのだろう。そこまで気にしているとしたら、本当に悪いことをした。


 しょんぼり肩を落とすルシファーの姿に、どうやら反省したらしいとアスタロトは話しかける。出来るだけ穏やかに声をかけた。


「角は本当に戻せるのですか?」


「うん、戻せる」


 術式や魔法陣は複雑だが、一部を隔離して時間を巻き戻す魔術がある。魔法と違い簡単に扱える類じゃないが、以前に壊した壷を直したルシファーは術式を覚えていた。


「ならば構いません」


「本当に悪かった。あの角も……」


 後半を濁したルシファーから手が届かない場所に立ち止まったアスタロトは、黒い笑みを浮かべる。腕の中のリリスが気付いて怯えていた。


「ふふ……言わなくても分かっています。角を折ったのはリリス嬢ではなく、あなた様でしたね」


「……ほんっとうに、ごめん」


 両手を合わせて謝る姿に、すこし溜飲が下がる。場の状況でなあなあになったが、多少魔力が多いとはいえ、赤ん坊であるリリスが角を折るなんて不可能だった。そんな簡単に折れていたら、すでにあちこち折れて欠けたことだろう。


 リリスが角を掴んだタイミングで上からルシファーが掴んだため、ルシファーの馬鹿力と魔力で折れてしまったのが、本当の原因だった。


「謝るから、角も戻すから許してください」


 珍しく低姿勢で素直に謝罪するルシファーは、幼い頃の彼を彷彿とさせる。昔を思い出し、ベールとアスタロトは顔を見合わせた。


「ええ、謹慎が終わったらリリス嬢をお返ししましょうね」


 人質です、と言葉にしないアスタロトの表情から察したルシファーは肩を落とす。今日は謹慎の1日目だ。良くて2日はリリスを抱っこさせてもらえない。


 はっと気付いてベールを見上げた。


「謹慎、あと2日だよな?」


「脱走しておいて、何を都合の良いことをおっしゃるのですかね。この口は!」


 近づいたベールに口の端を掴んで引っ張られた。


「いひゃぃ、へぇふっ」


「謹慎は3日の延長を行うため、残り5日間です。お陰で、建設中の保育施設が完成するところを見られます」


 保育施設?


 首を傾げようとしたルシファーに気付き、ベールが摘んだ手を緩めてくれた。まだひりひり痛む口元を手で擦りながら尋ねる。


「保育施設って、なに?」


「陛下、4日前に決済した書類ですが……まさか、めくら署名を」


「いやいや、今思い出した。大丈夫っ!」


 事実、言われて思い出した。大量に署名した中に、えらくほのぼのした文字で書かれた予算申請書が混じっていた。保育園を作って幼い子供達を預る施設だ。ついでに簡単な躾や教育を行い、協調性や他の種族との共存を促す目的がある。


 子供は国の宝だから金をかけて、きちんと安全な場所を確保した上で育てよう。そんなスローガンが書かれていた文章まで思い出す。


「施設の予算が4日前に承認されたのに、あと5日で施設ができるのか?」


 さきほどのベールの言い方だと、オレの謹慎中に施設が出来上がるように聞こえたぞ。ルシファーが建築日数の短さを指摘すると、当事者のベールは機嫌よく答えた。


「ええ、間に合います。予算の承認で止まっていただけです。誰かさんが書類を放り出してリリス嬢と遊んでいましたからね。小人族ドワーフの職人が24時間頑張ってくれました」


「え、なにそのブラック企業」


 ドン引きしたルシファーに、ベールは頭を抱えた。この人、本当に書類を読んだんですかね?

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