474. 幼女の最強召喚術
「勇者のみ送り返すつもりですか?」
「なぜそう思った」
問い返すルシファーの口元に笑みが浮かぶ。アスタロトは呆れたと溜め息をついた。何年側に仕えたと思っているのか、この人の考え方は理解したつもりだ。そうでなければ、ルシファーが命じる前に動き手配することが出来ないではないか。
「あの2人がお気に召したようですから」
意味ありげな言い方をする。ルキフェルが魔法陣を完成させる可能性は高く、おそらく9割以上の確率で使える状態にするはずだ。しかし発動することと安全性はイコールではなかった。
ルシファーもアスタロトも現場で、あの魔法陣を一度目にしている。召喚を逆転させるための魔力の巡りは複雑でよく考えられていた。しかし発動させるには、召喚者の安全に配慮しなければならない。
ルキフェルが何らかの対策を見つけない限り、逆召喚の対象者は命を奪われるだろう。根こそぎ魔力を奪われれば、命を維持出来なくなる。
魔力の巡りが複雑だということは、その回路の変更は難しい。魔法陣の中にいる者の魔力すら発動要素とする魔法陣では、かなりの危険が伴うのは間違いなかった。気に入った者が死ぬかもしれないなら、助けようと考えるのは至極当然だ。
「どちらにしろ、彼らが選ぶことだ」
オレが口出しする話じゃない。切り捨てた声は柔らかく、心配を滲ませていた。出来れば死なせたくないと考える魔王の甘さも、アスタロトは納得している。全員魔法陣へ放り込んで片づけてしまえと求めたいが、ルシファーは顔をしかめるだろう。
ソファから立ち上がろうとしたルシファーが顔色を変えた。
「リリス!?」
叫んで強引に転移魔法陣を描く。反発する城の魔法陣を強引にねじ伏せたルシファーの白い肌に、赤い血が滴った。
「おやめください、ルシファー様」
叫んだアスタロトが伸ばした手が触れる前に、ルシファーは無理やり転移する。絨毯やソファに残された血と千切れた髪を回収し、アスタロトは魔王の魔力を辿って駆け出した。
「リリス様、お下がりください」
「失礼ですわ」
無言で剣を抜いたイポスの後ろで、幼女は泣きそうな顔をしていた。跳ねのけられた手から落ちた花が、目の前で踏み
散歩中に偶然出会った幼女は、華やかな美しい少女達を連れてご機嫌だった。摘んだ白い花を手に無邪気に笑い、こちらを見て目を輝かせる。すごく眩しく見えた。
自分は何も悪いことをしていないのに、知らない世界に誘拐されて虐待され、戦って死ねと放り出された。なのに、この子は最強の魔王に庇護され愛されて幸せそうだ。
羨んでも妬んでも変わらない。分かっているのに腹が立った。駆け寄ってきた彼女が「これをあげる」と白い花を差し出した瞬間、かっとなる。気づけば手を振り払って、彼女の落とした花をにじった。
目を潤ませて唇を尖らせた幼女の顔に、悪いことをしたと思うのに……謝る言葉が出る前に少女達が先に責め立てた。謝ろうと思った気持ちがねじ曲がっていく。
「この方は魔王妃であらせられるのよ」
「手を振り払うなんて! 下がりなさい」
失礼だと騒ぎ立てるシトリーやレライエが、リリスの立場を口にした。上位者であるリリスに対する失礼な態度を咎める彼女達の声は、勇者アベルの気持ちを逆立てただけだった。反省するより、いきなり責められた理不尽さが怒りに火をつける。
「……誰も彼も僕をバカにする」
そう口にしたアベルの耳に、幼女の言葉は届かなかった。
「黒いの、絡みついてる――パパ」
半泣きのまま、視えてしまった黒い色を伝えようとルシファーを呼んだリリスの声は、召喚の響きをもって魔王を呼び寄せた。
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