476. 魔王降臨からの仲裁

 頬や腕に血を残したまま、強引に転移したルシファーは現れるなりリリスを抱き上げた。状況を確認するより早い行為に、イポスが慌てて盾になる。魔王妃の専属護衛騎士だが、魔王ルシファーを守る盾でもあるのだ。彼女の素早い行動に、少女達もそれぞれに行動した。


 ルーサルカはイポスの隣に立ち、アベルの出方を監視する。ルーシアは水で濡らしたハンカチを差し出し、レライエは結界を張った。シトリーはレライエの結界を支えるべく、裏にもう一枚の結界を展開する。


 魔王という芯があることで、彼女らは己の立ち位置と役割を思い出した。迅速な対応を褒めるより、ルシファーはリリスの無事を確かめる方が先だった。常に展開している結界内に取り込んだ幼女の手足や表情を、順番に確認していく。


 黒髪も手足も顔も、どこにも傷がないことにホッとした。捲れた黒いスカートを直しながら、彼女の目が潤んでいることに気づく。そこでようやく周囲の状況を確認する余裕ができた。


「リリス? 何があった」


 緊迫した5人の様子から、アベルとリリスの間に何かあったと確信するのは自然な流れだった。乱れた純白の髪が風に揺れる。さらりとした髪を掴んだリリスは、一度アベルを振り返るがすぐにルシファーの首に抱き着いた。


「おにいちゃんに黒いの、いる」


 魔力の色を視るリリスの特性を知っているため、表現された意味はすぐに理解した。アベルの魔力が濁っているのだろう。感情に影響されたのか、魔力がひどく不安定だった。この世界で魔力は、生命力と置き換えることができる。人族が長生きできないのは、圧倒的に魔力量が少ないからだ。


 リリスのように色で判断することはできないが、揺らぎを感じ取ったルシファーが目を細めた。以前より荒んでいる勇者の表情に、ひとつ息をついて気持ちを落ち着けた。先にこちらからケンカを売ることはない。


「リリスはどこも痛くないか?」


「うん……でもお花さんがぺたんこ」


 指さしたリリスの白い指が示した地面で、確かに植物が潰れていた。靴底で踏み躙った痕跡に眉をひそめ、口を開こうとした瞬間。


「陛下、恐れながら……この場は私にお任せください」


 飛来したコウモリがふわりと青年の姿を形作る。肩にかかる金髪を風に揺らす側近の申し出に、ルシファーは即断しなかった。もしリリスを泣かせたのであれば自分の手で処分したい。


 無言で少女達やリリスの様子から探ろうとするルシファーへ、アスタロトが妥協案を提示した。


「もし姫に関わることでしたらお呼びいたしますので」


 一時的にこの場を預けて欲しい。頭を下げて待つアスタロトに根負けする形で、ルシファーは溜め息を吐いた。


「わかった。皆もついて参れ」


 この場で睨み合っても解決しない。ならば勇者をアスタロトに預け、その間に少女達から聴取した方が早いだろう。当事者同士が同じ場所で言い争ってもキリがないと、経験上よくわかっていた。


 ルシファーはリリスを離さない。少女達はリリスの側近で、護衛騎士も含めてリリスについていく。当事者を引き離すことが先決と判断した部下に頷き、ルシファーは散歩用に整備された通路を歩き出した。


「パパのここ、痛い?」


 頬に残る傷痕を指でつついて、リリスが小さな声で囁く。声を出すと傷に響くと思っているのか、可愛い仕草に微笑みが漏れた。


「痛くないぞ。消してしまうか」


 リリスが気にするなら傷など不要だ。大した痛みも感じない上、リリスが心配で忘れていた傷を治癒魔法陣で消し去った。ずきりと背中と足が痛みを訴えたが、無視する。


「パパ……痛いの、飛んでけ!」


 逆凪で痛めた背中や足の色を視たリリスが、不安そうに小さな手を伸ばした。抱き着いたまま目いっぱい伸ばした手で背中を撫でる。実際には痛む場所まで届かないのだが、その優しい気持ちが嬉しかった。なにより、すぐに自分を呼んでくれたことが一番嬉しい。頼られる心地よさに、口元は緩んだ。


「リリスが撫でてくれると痛いのが消える」


「うん、がんばる」


 必死で小さな手を背中に伸ばす幼女の姿に、後ろを歩く少女達の緊張が解けていく。微笑ましい幼女の行動と、魔王がいる安心感でルーシアがよろめいた。慌てたレライエが肩を貸し、シトリーも手を差し伸べる。騎士という立場があるイポスは姿勢を正していたが、心配を滲ませた視線を彼女らに向ける。


 先ほど聖女達を招き入れた応接室へ入ると、ルシファーは部屋に防音の魔法陣を張った。


「さて……起きたことを報告してもらおうか」

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