535. パパは戦ってないのにね
解せぬ……なぜ攻撃されるのだ。
憮然とした顔で展開した結界が、攻撃を防いでいた。
「パパ、すごいね!」
火花を弾く様が綺麗だと無邪気に手を叩くリリスに、まあいいかと肩を竦める。先日の視察の続きをと思い、外縁付近に転移した。あの時はアムドゥスキアスを撃ち落としたり、求婚騒動があったりと森を荒らしてしまったが、魔の森は元通りだった。
木漏れ日が心地よい森を歩きだした途端、目の前の茂みがざわざわと動く。大きな魔力は感じないので、魔物か動物だと思ったのだ。大して用心せず足を進めたルシファーの前に、5人の人族が飛び出した。互いに突然の遭遇で固まり、一番最初に動いたのはリリスだ。
最近、城で多くの種族に手を振って構ってもらった記憶が新しい幼女は、無邪気に手を振った。それに対する返礼が魔法による攻撃だったのだが……泣き出すことを心配したものの、リリスは声をあげて喜んでいる。花火をプレゼントされたと思ったようだ。
泣かれるよりマシなので、誤解はそのまま放置した。
「リリスは賢いから、手を出さずに見ていられるな?」
「うん! 出来る」
危険の芽は早く摘むに限る。外からいくら攻撃されようと問題ないが、リリスが光に気を惹かれて手を伸ばすのは危ない。魔王の結界を無効化できる唯一の幼女は、目を輝かせながら炎による攻撃を楽しんでいた。
出会い頭の事故でしかない遭遇に、ルシファーは攻撃を控えた。無力すぎる人族相手にうっかり雷でも放ったら、当然だが彼らは
敵が現れた場合の選択肢が『攻撃する』一択なのだ。逃げたり、見なかったフリで通り過ぎればいいのに、全力で向かってきた。剣を抜いた2人と弓に矢をつがえる1人。後ろに魔法使いが1人、さらに神官らしき子供もいる。
魔法使いは杖に貯めた魔力を振り絞って、炎を叩きつけた。避けてもいいが、そうすると魔の森が燃えて住民に被害が出るだろう。迷惑この上ない炎を結界で弾いて消すのが、被害を最小限にとどめる方法だった。
「参ったな」
うーんと唸りながら、今後の対策を考える。一応魔王であり、最強の称号があるのでこちらが退く選択肢がない。彼らに出来るだけ被害を与えずに逃げ帰ってもらう方法を模索していると、森の木々がざわめいた。
リリスがきょろきょろと周囲を見回し、嬉しそうに「お姉ちゃんだ!」とあちこちに手を振る。魔力を感知したリリスは、まだ遠くにいる彼女らへ愛想を振りまく。
「ハイエルフか」
オレリアの領域が近いため、おそらく森の木々を通じて騒動に気づいたのだろう。木が大きく身を揺すり、絡まる蔦を手足のように操って人族を縛り上げた。足を掴まれ吊り下げられた男の手から剣が落ち、弓の弦は解けて消える。森から生まれた素材は、ハイエルフの紡ぐ言葉に従う。
魔法使いの杖が砕けて、炎が消滅した。人族の手足を蔓や蔦が拘束していく。足元の草木が伸びて、彼らから靴や装備を奪った。森の中でハイエルフと戦うなどぞっとする。ここは彼女らの領域であり、もっとも力を発揮できる環境だった。
「卑怯だぞ!」
「正々堂々と戦え」
え? なぜ罵られる? 意味がわからない。人族という種族は本当に理解しがたかった。木々を操る能力はハイエルフの物だが、ルシファーだとて多少は操れる。同じ結果をもたらすことは可能だが、それも卑怯なのだろうか。
彼らの魔力量で、誰が魔法を使ったのか判断できる能力があるとは思えない。自分の手を使わずに戦ったことを罵られるとしたら、それは単純すぎる。彼らの言い分を使うなら、幼子を抱いた存在に魔法で炎を叩きつける行為は卑怯ではないのか?
「パパ、ひきょーって何?」
「堂々と戦わない奴に使う言葉だ」
「ふーん。パパは戦ってないのにね」
言われて、くすりと笑いが漏れた。確かにリリスの指摘通りだ。ルシファーは戦っていないのだから、卑怯だと罵られる立場にいない。降り注いだ炎を防いだだけだった。
「陛下、お久しぶりですわ」
予想通りオレリアが顔を見せる。血の濃いサータリア辺境伯令嬢であるオレリアは、長い緑の髪を風に流しながら駆け寄ってきた。手が届く手前で膝をつき、一礼して待つ。
「ご苦労。この場は任せていいか?」
「はい、我が一族にお任せください。リリス姫もお元気でしたか?」
「うん! お姉ちゃんのおうちに行く」
以前訪れた時に歓迎されたので、リリスも遠慮がない。オレリアに異存があるはずもなく、笑顔で頷いた。
「父も村の者も喜ぶでしょう。私は片付けを済ませてから帰りますので」
濁された後半はリリスに聞かせる必要はなかった。
「わかった」
純白の髪を風に揺らして背を向ける。途端に人族の罵声が飛んでくるが、音を遮断して聞くことをやめた。耳障りな声や醜い言葉を幼女に聞かせたくない。爪先でとんと地面を叩き、転移魔法陣をオレリアの集落に指定した。
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