769. 人気者なのも大変です
光る波間に吸い込まれた珊瑚は見えなくなる。空になった手を握りしめ、ルーサルカは口角を持ち上げた。
泣くな、笑え――私は魔王妃リリス様の側近よ。情けない姿を主人や民に見せられないわ。
自分に発破をかけて気持ちを引き締める。心配そうな同僚達に、首を横に振った。どうか何も言わないで欲しい。今、優しい言葉を掛けられたら涙が溢れるから。
ルーサルカの気持ちを察し、シトリーが肩を竦めた。
「ずいぶん飛ばしたわね」
「ルカって、意外と力があるのよ」
ルーシアがさり気なくシトリーに同調する。貴族出身の2人は、こういった場面で傷を抉る厳しい会話や傷口を和らげる優しい言葉を、臨機応変に選べるのが強味だった。そっとしておく察しの良さも持ち合わせる。場を読んだ彼女達の隣で、レライエは何も言わなかった。
抱き締めた翡翠竜が、ちょっと苦しそうに暴れる。爪を立てることはないが、じたばたと逃れようとしたことで、力の入れ過ぎに気付いて慌てた。
「悪い、締めすぎた」
「いえ、これはこれで……いい」
なぜか頬を染めて短い手で頬を押さえる婚約者の奇妙な言動に、レライエは首をかしげる。ドM属性のツボは複雑怪奇、純粋な少女に理解できるわけがなかった。ただ、珊瑚が沈んだ海の美しさに彼女は目を細める。
「だいぶ海が綺麗になったな」
浄化が進んだ海を、傾いた日差しが輝かせる。きらきらと光が踊る海を渡る風が透き通り、磯の香りが変化した。敏感に察したオレリアが「あと少しかしら」と呟く。彼女も夫となるラウムと一緒に海に足を浸していた。
「魔王様! 試してください」
少女達と試す前に、勇者アベルが突撃した。リリスと顔を見合わせたルシファーだが、手招きする。
「よし、流すぞ」
アンナとイザヤを連れたアベルは、自分が海に膝まで浸かった。アベルからイザヤ、アンナ、リリス、ルシファーの順番で手を繋いで魔力を注ぐ。
きらきらと水面が魔力を運んでいくのが見えた。光の帯のように見える魔力が、陽光に反射して目を射抜く。
「すごい量っすね」
「なんだか温かいわ」
アベルが感心すると、真ん中で中継したアンナは頬を緩めた。ルシファーからリリスを経由した魔力の量は多い。温かいと感じるアンナは、魔力の変化に敏感なのだろう。癒しを聖女の条件とする人族とは違うが、他の人族にない才能があるらしい。
「次は私達もお願いしましょう!」
シトリーが声を張り上げ、ルーシア達も笑顔で頷いた。属性が違う少女達の実験で一番効率が良かったのは、土、火、風、水の順で海に繋がること。その結果を踏まえ、ルーサルカとレライエ、シトリー、ルーシアは手を繋いだ。
「陛下、リリス様、お願いします」
元気な声を出したルーサルカに、リリスは「こちらこそ」と手を差し出す。余計な言葉は不要だった。カルンは魔力を増やしたら戻ってくる。それまでルーサルカが待つか分からないけれど、再会は約束された未来だった。
「「きゃっ」」
「これは凄いわね」
大量の魔力にびっくりした悲鳴と感嘆の声、少女の甲高い声はよく響いた。お陰で多くの魔族の注目を集めてしまう。
ルキフェルにせがまれて実験に付き合ったベールは、まだ彼と手を繋いでいた。研究熱心なアスタロトとも手を繋ぎ、あれこれ試すのに夢中だ。
騒々しさに大公達が気づいた時にはすでに遅く、ルシファーとリリスの周囲は多くの魔族が列をなしていた。憧れの魔王と魔王妃に近づくチャンスを逃す彼らではない。
「あ、アスタロト……何とかしてくれ」
助けを求めるルシファーだが、まだ魔力に余剰がある。しっかり残りを推測しながら、アスタロトはにっこり笑った。
「はい。列の整理はお任せください」
そうじゃない! 叫びたい気持ちを抑えながら、ルシファーはがくりと項垂れた。
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