1008. 森の自浄作用でした

 魔の森が用意した魔王の側近は、3人。互いが魔王ルシファーの不足を補う力を持ち、彼を守り育てる役割を与えられた。必要に迫られ追加した4人目は――。


 魔の森で多くの子供が生まれた年がある。珍しく人族の活動が弱まり魔力が余ったため、魔獣の子が増えたのだ。個体数を減らしていた幻獣や神獣も子を授かり、大量の精霊が森を覆い尽くした。


 生命力が低下した人族は、徐々に追い詰められる。この年、初めて人族は異世界からの召喚を可能にした。強引に世界に穴を開け、かつて住んでいた自らに所縁のある異世界から、同族を招き寄せる。数年に1回程度の行為であっても、魔の森が失う魔力量は膨大だった。


「世界の穴を塞ぐべくして生まれた君が役目を果たさないから……僕は生まれたの。君の代わりに死ぬために」


 ルキフェルを見つめるレラジェの瞳から、新たな涙が溢れる。それを見つめながら、ルキフェルは膨大な記憶と別に流れてきた記録を受け取り、崩れるように膝をついた。ぺたんと座ったルキフェルの記憶にない知識は、レラジェが母から与えられたもの。


 魔の森の記録と実状を示すものだった。見たものを全て記憶し、忘れることがない記憶力は……この為にあったのか。


 14歳になったレラジェの顔が歪む。あと少しだ。そうしたら魔力を解放して穴を塞ぎ、僕という個体は消える。母なる森に還れると頬を緩めるのに、同時に生きて魔王の側にいたいと欲が疼いた。


 ルキフェルには許されたのに、僕はダメなの?


 口をつきそうになった本音を、レラジェは必死に飲み込む。召喚された人族は、奇妙な能力を持って発生することが多く、それは世界の理を傷つけ反する能力ばかり。魔の森がほとんどを封じるが、被害は大きかった。


 魔王ルシファーを傷つけんとする召喚者を抑え込むため、魔の森が使った魔力量は普段の数倍に当たる。繁殖力旺盛な人族は、次々と新陳代謝を繰り返し愚行を加速させた。だから魔法陣を発動できないよう、人族は魔力をほとんど持たずに生まれる。そう仕組んだ魔の森の思惑を越えて、召喚者は大地に呪いを刻んだ。


 死んだ人族の魔力を溜め続ける魔法陣――人族の子は世界から魔力を奪って生まれ、魔の森へ返さずに死んでいく。一方的に奪われる状況は、つい先日破綻した。召喚された者の作った魔法陣をそうと知らず壊したのは、ルキフェルだ。


 日本人である3人を助けた際、光の槍がルシファーを狙った。異世界の人族が仕掛けた罠が発動したあの時、光の槍が貫いたのは魔王ではなく世界の境界線だ。魔王が砕いたのは魔法の攻撃だったが、そのダメージは世界を覆う幕に無数の穴を開けた。塞ぎ切るまで時間がかかり、その間に様々な生き物が落ちてきた。


 別の世界からザギエルや亀も落下し、一時的に森の守護力が下がる。少し前にリリスを生んで、森が弱っていたことも影響した。あの頃から用意された卵が、レラジェだ。体内に入り込んだウィルスを除去する抗体のように、魔の森が用意した特効薬だった。


「うそ、それじゃ……」


 僕が本当は死んでいたら。大公になれず、あのまま世界の穴を埋めていたら? 呟くルキフェルは、記憶と重ねられる記録に困惑した。


 魔の森は1万5千年前に手を打っていた。状況を打破する武器として生まれた瑠璃竜王は、その膨大な魔力を持って人族を消滅させ、自らも魔の森に還るはずだったのに……拾ったルシファーが手元に置きたいと願い、大公ベールが固執した。だから殺せなくなった森は、妥協するしかない。


 新たな大公として彼を認める、それは森にとって予想外の痛手だった。何もかも知る子供から記録を奪った弊害が、成長しない体だ。途中で変更された仕様を世界に馴染ませるのに、想定より時間がかかった。


「だから僕がやる」


 暗い喜びがレラジェに生まれた。ルキフェルの中に、僕の痕跡が残る。それを見るたび、思い出すたび、僕は誰かの記憶に生き返ることができるよね。

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