718. 強さの定義とは

 甲高い音を立てて繰り出される剣を軸に、まるで躍るような足運びでベルゼビュートが攻める。ひらひらとドレスのスリットから白い足が見え、胸に飾ったアクセサリーが揺れた。受けるルシファーは、足を引き踏み出すものの、ほとんど動かず攻撃をいなす。


 背の翼を広げたルシファーのローブを、ベルゼビュートの剣先がかすめた。わずかに切り裂いた布を見て、笑みを浮かべたのはルシファーだ。ひとつ大きく息を吐いて呼吸を整えるベルゼビュートが、剣を両手に握り直した。


 数檄打ち合った後、ルシファーへ蔓が迫る。背後から伸びる蔓に気づかれぬよう、ベルゼビュートは打ち合わせる手数を増やした。剣を絡めとるために伸びた蔓が、突然切り裂かれて落ちる。


「……ふぅ、降参ですわ」


 仕掛けながらの魔法は疲れたと苦笑いし、手にした聖剣を収納へほうり込む。両手を上げて降参だと示したベルゼビュートは観客に一礼して下がった。途端に大きな歓声が周囲を満たす。息をのむ攻防に静まり返った会場が一気に沸き立った。


「ベルゼ姉さん、強いのね」


 感心したように呟くリリスへ、翡翠竜が「剣技ではトップクラスです。本気で戦うともっとすごいです」と答える。どこかで本気のベルゼビュートを見たのだろう。


「そう、ね。確かアシュタと戦った時はすごかったわ」


「本気で、ですか?」


「殺さないように注意してたけど、狂化したアシュタを止めるために戦ったの」


 思い出したリリスが嬉しそうに身振り手振りを添えて説明する。その頃はまだ目覚めていなかったアムドゥスキアスは「ほう」と相槌を打った。見てみたかったと思いながら、嫌に静かな婚約者を見上げる。膝の上のアムドゥスキアスを忘れたように、撫でる手も止まっていた。


「レライエ?」


「あ、ああ。悪い」


 慌ててハゲの残る背を撫で始める。しかし心ここに非ず。完全に上の空だった。


「私も、一緒に戦えるくらい強く……なりたい」


 ぽつりと零れた本音に、翡翠竜は金色の目を細めた。気が狂うほど長い時間をかけて積み重ねた努力が、大公の強さだ。精神的にも肉体的にも、魔力量だけでない強さは痛々しい過去を経て研鑽したもの。もし婚約者であるレライエが同じ道を望むなら、絶対に阻止しようと思う。


「強くなる方法はひとつではないですし、強さの種類もひとつではありません」


 曖昧に答えたのは、彼女の未来を心配するから。たいていの魔族は成人まで年々成長する。成長が止まった時の外見年齢と魔力量で、おおよその寿命が図れるのは共通の認識だった。今の時点で成長途中のレライエの寿命はわからない。


 通常の竜人より魔力量が多いため、多少は長生きだろうがせいぜい1万年前後か。悲観的な思いに尻尾を丸めて抱え込んだアムドゥスキアスをよそに、リリスは笑顔で言い切った。


「今も十分強いわ。4人の中で一番決断力があるし、迷いが少ない。それに私をいつも助けてくれるでしょう? このまま強くなるライを楽しみにしてるもの」


 信じてる――簡単そうに難しいことを口にするお姫様の表情に、嘘はなかった。それゆえにレライエも笑顔で頷く。そんな主従を見上げ、抱えた尻尾を離した。ゆらゆらと振りながら理解する。事実でない願望だとしても、彼女の夢を否定するのは間違っていた。


 もしかしたら強くなって大公にも勝てるんじゃないか。その可能性を否定せず、受け止めるだけでよかったのだ。長生きした分、先を読んで見通した気になって余計な口をはさんでしまうところだった。己の未熟さを理解した翡翠竜が、婚約者の少女へ向ける言葉は自然と浮かぶ。


「これだけ立派なリリス姫に仕えるなら、ライも強くあらねばなりませんね」


 強くなる必要はない。ただ弱くなってはならない。一瞬目を見開いたレライエは嬉しそうに頷いた。

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