717. 勝ち抜き1戦目
深夜のイベント最大の目玉とあって、観客数は飽和寸前だった。リリスをヤンの上に戻したルシファーは、丸く開けられた広場の真ん中に立つ。あちこちから応援の声がかかり、慣れた魔王は手を挙げて民の歓声に応じた。
「これから結界を張ります。結界が砕ける可能性も含め、自己責任とします」
いつのまに集合したのか。大公4人が集まってきた。ベールの宣言に「おおお!」と勢い良く返事がある。ここで観戦を諦めるくらいなら、最初から集合しないだろう。
魔族にとって自己責任は、普段から適用されるルールだ。城門付近に下がったヤンは、ぽんと軽い動きで城門の上に陣取った。アラエルが城門の入り口を身体で塞ぎ、さらに守りを固める。一際高い城門でヤンの上に乗ったリリスとレライエは、見晴らしの良さに顔を見合わせた。
安全のためというより、良く見える場所を選んだヤンは得意げにふふんと鼻を鳴らした。
「ここなら我が君の勇姿がよく見えますぞ」
「さすがヤンね、よくわかってるわ」
素直に褒めるリリスに耳の後ろを撫でてもらい、ヤンは嬉しそうに耳と尻尾を動かした。こうなると、森の王者フェンリルも飼い犬と同じである。
「恒例の大公勝ち抜き戦を行う!」
わあああ! 歓声が一際大きくなり、レライエとリリスはその声にびっくりした。レライエの膝の上で寛ぐ翡翠竜が説明役を買って出る。
「毎回、魔王チャレンジの最後に行うんですよ。陛下と大公が1対1で戦い、ある程度のところで大公側が交代していきます。通称『大公勝ち抜き戦』と呼ばれてきました。正式名称は知りませんけど」
勝ち抜き戦と銘打つからには、順番に大公が入れ替わる。つまり4人を勝ち抜く魔王を見る集まりなのだ。
「ルシファーったら、楽しそうなのに隠すなんて」
唇を尖らせるリリスへ、尻尾で彼女を撫でるヤンが宥める。
「姫が参加したいと言わないよう、離れて観戦しろと命じられました。姫のことが本当に大切で、心配しておられるのでしょうな」
「わかってるけど、ズルイわ」
私だって戦いたかった。そう告げるリリスに、翡翠竜はけろりと爆弾発言をする。
「無理ですって。リリス姫が弱いとは申しませんが、あの大公達と戦うなんて……私もゾッとしますよ」
「……絶対に勝つもん」
逆に火をつけてしまい、慌てる翡翠竜をレライエが抱き締めた。大丈夫だと婚約者に微笑みかけ、興奮した様子のリリスに向き直る。
「リリス様。次回勝つために、今は我慢です。じっくり作戦を練って、10年後に確実な勝ちを狙う――
「……そうね、ルシファーのお嫁さんだから、確実に勝たなきゃ!」
ぐっと拳を握るリリスは、大公4人を負かす未来を思い描き、観戦する構えに入った。単純なようだが、基本的に素直な彼女に対して効果ある説得だ。否定されるほど意地になるので、肯定して妥協案を引き出す方が受け入れられやすい。
長く一緒にいる主人の扱いに慣れるのは、側近として好ましい変化だが……複雑な思いで翡翠竜は溜め息をついた。このくらい真剣に私のことも見て欲しい。贅沢な願いだと自嘲しながら、撫でてくれる手に甘えた。
「順番は決まったか?」
武器を持たずに待つルシファーの前へ進み出たのは、聖剣を手にしたベルゼビュートだった。
「私からお手合わせ願いますわ」
「よかろう」
仕事バージョンの口調で、ルシファーは「デスサイズ」と名を呼んだ。召喚された武器は長く大きな鎌の形をしている。
「見覚えがあるわ」
「姫が小さい頃、我が君がお使いになりましたぞ」
誘拐されたリリスと4人を助けに飛び込んだ罠の中でも振るった。ルシファーのみに従う、意思を持つ武器だった。
曖昧な言い方をしたのは、あの場で起きた出来事がリリスにとって嫌な思い出の可能性を考慮したのだろう。ヤンはくるりと丸くなって2人の少女と小型竜を包み込んだ。
「参りますわ」
無言で一振りし、ルシファーがデスサイズを剣に変化させた。形状を自在に変える武器を右手に構えるルシファーへ、風の力を操って距離を詰めたベルゼビュートが聖剣を振り上げる。上から叩きつけた刃を受け、そのまま右へ流した。
「っ!」
わずかに捻る動きで剣を折られそうになり、ベルゼビュートが踊るように回転して力を逃す。すぐに構え直した剣を目の高さに横へ振り、ルシファーへ迫った。
剣の扱いを得意とするベルゼビュートが舞うように仕掛け、ルシファーがそれを難なくいなす。繰り返される動きを、息を飲んだ観衆が見守った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます