1136. 不器用な示し方
「……言いたいことはいろいろあるが、我が城を守ったことに感謝する」
ひどい有り様の中庭と壊れかけた城の一部を見ながら、ルシファーは大公アスタロトと対峙した。一礼するアスタロトは口を開かない。まだ感情が落ち着いていないのだろう。赤い瞳は爛々と輝き続けていた。
中庭に転がる遺体は焼け焦げ、凍りつき、皮を剥がれている。長細いことで、蛇のような形状だったと窺わせる程度だった。元が神龍だったなど、説明されなければ気づけない。散る魔力を吸収した庭の木が、生き生きと枝を増やした。
「次からはもう少し……いや、いい」
苦笑いして注意事項を飲み込む。今のアスタロトに必要なのは、こんな言葉ではなかった。近づいて、まだ赤い血に汚れた彼の頭を抱き締める。頭を下げたまま顔を上げない金髪を撫で、胸を貸すように引き寄せた。
「アデーレが無事でよかった。お前が狂わずに済んだからな」
寿命で亡くなったのなら、諦めがついた。だが自分の不在を守って失われたとなれば、アスタロトの心は悲鳴を上げる。ただでさえ封印で魔力が不安定なのだ。慟哭に包まれたら、彼のタガはあっさり壊れただろう。アデーレの無事は、当人が思うより重大だった。
「さて、血を洗い流せ。罪人のドラゴンに尋問があるのだろう?」
「はい。折角なのでこのまま連れてきます」
「え?」
聞き直すルシファーに微笑み、アスタロトは転移で消えてしまった。今の言葉からすると、この場に罪人であるドラゴンを連れてくる……と理解できる。彼を取り返しにきた恋人らしき若い神龍の無惨な姿を見せるのか? まだ怒りは落ち着いていないようだ。
「ああっと、全員中庭から退避。急げ、アスタロトが戻ってくるぞ」
ルシファーの号令で、アデーレは城内の自室に運ばれた。血で汚れたベリアル達侍従も下がり、庭で見物を決め込んでいたエルフが青ざめて踵を返す。ドワーフもぶるりと身を震わせて、いそいそと城門から出て行った。
アラエルの背に乗るピヨが騒いだのか、螺旋を描いた鳳凰が舞い降りる。
「危険だぞ」
「ピヨ、良かったわ。襲いかかったって聞いたの、無事?」
尋ねて青い鳥を撫でたリリスが微笑んだ。
「アラエル、ピヨを守ってくれてありがとう。さすがは番ね」
照れるアラエルは、庭に出現したアスタロトと罪人を見て、慌ててピヨを背に乗せ直した。ピヨが何か騒いでいるが、無視して城門へ飛ぶ。危険を察知する能力は、魔獣や神獣が一番優れていた。
「アシュタはまだ怒ってるのね」
無邪気に指摘するリリスは、誰かに危害を加えられる心配をしない。にこにこしながらルシファーの隣に立った。
吸血種が使う血と魔力を混ぜた鎖が、じゃらりと鈍い音を響かせる。大きなドラゴンの羽に突き刺さり、その身に食い込みながら束縛していた。アスタロトの機嫌はまだ斜めらしい。うっかり指摘するととばっちりが来ることを、ルシファーはよく知っていた。
八つ当たりと称して斬りかかるからな、俺の時は――わざわざ藪を突つく必要はない。ルキフェルにやられた傷に食い込む鎖に呻いたドラゴンは、目の前に転がる死体の意味に気づいたようだ。目を見開いて声を震わせた。
「こ……れは、まさか……」
「俺の妻に攻撃した大蛇だ」
攻撃を妨げる鱗を削ぎ、手足を落とし、抵抗しなくなるまで焼いて凍らせたが。残酷な言葉を紡ぐアスタロトが眉を寄せる。
「お前がさっさと話せば良かった……そうすれば生かしてやれただろうに、な。守り抜く力がないのに巻き込んだのは、あなたの罪です」
途中で言葉遣いが変化し、アスタロトは口元を歪めた。笑みと呼ぶには切なく、悲しみが滲む顔で目を伏せる。お前はそうやって背負ってしまうのか、ルシファーは肩を竦めて足を踏み出した。
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