61章 側近少女の叙勲式

848. 城外スクリーン設置

 改めて整えられた謁見の間は、赤い絨毯や玉座はそのままだった。しかし両側に宴席が設けられている。立食式にしたのは、とにかく参加人数が多いためだろう。混乱を避けるために、謁見の間は貴族のみの入場となった。


 外にも食事の机が用意され、城門の外は多くの屋台が軒を連ねる。空中に大きな映像投影装置を作る魔法陣を設置したルキフェルは、最終調整に入っていた。謁見の間の壁に設置した魔法陣から、外の魔法陣へ映像や声が投影されるように道を作る。転移魔法陣で空間を繋ぐ技術の応用だが、思いついたのは日本人の言葉だった。


したかったわね」


 聞いたことのない単語に興味を示したルキフェルの質問攻めに、アベルやアンナは真剣に答えた。もしかしたら魔術で何とかなるかもしれない。いずれカメラが開発されれば、軍事面でも使えるとベールも協力的だった。


 各貴族の報告書に写真が添付されれば便利だし、身分証明書に顔写真をつけることもできる。似顔絵中心だった世界を改革する魔法陣の開発は、夜を徹して行われた。寿命が長い種族はのんびりしているものだが、翌日に『一世一代の重要行事』が控えている。


 短時間で完成したが、この世界にない概念の伝達と理解は難しく、徹夜で調整を行ったのだ。おかげで、ぎりぎりだがビデオ投影に成功した。大きなスクリーンに謁見の間の様子が映ると、城下町の連中がおおはしゃぎする。興奮した屋台が大盤振る舞いを始め、無料で商品を配り始めた。


 あまりの熱狂ぶりに引くベールをよそに、ルキフェルは満面の笑みだ。難しいのは投影より、この映像を保存する方法だった。今回は神龍が持つ宝珠をいくつも借りている。これらは他種族の魔力や波長など、外部の情報を蓄積する特性があった。龍玉とも呼ばれる珠は透き通っている。


 神龍にしたら命の次に大切な宝珠であるため渋るが、とんでもない枚数の金貨と引き換えに譲る者が数人出たのだ。ドラゴンの習性で大量に保持する金貨を、研究のために惜しみなくつぎ込んだルキフェルに、呆れ顔のルシファーが私費を渡した。追加された金貨で、さらに買い足したルキフェルだ。


 種族長のモレクが「今こそ我らが忠義を見せるときぞ」と号令を掛け、自らも宝珠を差し出したため、数人の神龍が後に続いた。


 宝珠は持ち主が死ぬと消えてしまうので、今後のために別の記憶媒体を探した方がいいだろう。先日種の限界らしき兆候があったので、神龍族が消えてしまうと困るのだ。知っていても口に出せないベールやルキフェルは複雑な心境を押し殺し、モレクから受け取った宝珠を媒体に録画を始めた。


「これで後で観直せるね」


 一仕事終えたルキフェルだが、ベールと一緒に大慌てで踵を返した。魔法陣は地脈と連動させる魔法文字を入れたので、映像を流し続けてくれる。複数設置したスクリーンに、魔族は釘付けだった。


 手元に用意した小さな投影画面を見ながら、足早に廊下を抜けるルキフェルが眉をひそめ、隣のベールに画面を示した。そこにはあまり好ましくない映像が映っている。


「何してんのさ」


「本当に……あの方は」


 大きな溜め息を吐いたベールが、ついに廊下を駆け出した。彼らが声に出さず思い浮かべたのは、魔王だけじゃなく大公も転移許可対象に加えるべきでは? という至極真面な案だった。それが実現するかどうかは、魔王の抵抗度合いによるが。


 開いたままの扉から飛び込んだ室内で、手元の画面と同じ光景が繰り広げられている。あたふたと何かを追い回す人々の後姿へ、2人は眉をひそめた。


「落ち着いてよ」


「全員止まりなさい!」


 ルキフェルとベールの声に、びくりと肩を揺らした人々はその場で静止した。





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本日より新作ラブコメ公開です。

『聖女なんて破廉恥な役目、全力でお断りします!』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054898248572

誤解が誤解を呼んで混乱する展開、ハッピーエンド確定です。

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