168. リリスのネーミングセンス
プリンを褒めたからか、まだこれしか作れないリリスは毎日プリンを作っている。保育園から戻るなりプリン作りに励み、笑顔のルシファーに「あ~ん」を行う甘い日々が続いた。
慣れてきたため、時々多めに作ったプリンをドワーフやエルフに差し入れしているようだ。甘いおやつは喜ばれている。小さなリリスが一生懸命運んでくる姿に癒される、と感謝の報告も上がっていた。
「それで、
呆れ顔のアスタロトが摘んでいるのは、ピーピー騒がしい青白い羽毛の小鳥である。鳳凰の一種で
問題があるとすれば、希少生物であるがゆえに育て方が不明であり、特性が把握できていないこと。鳳凰の一種ならば、どこかで火を吐いたり自身が燃えたりする可能性がある。それが城のカーテン前だったりすると、大火災の原因になり兼ねないのだ。しかも食べさせる餌もわからない。
文献を調べたアスタロトも資料が少なすぎてお手上げだった。
「だが」
「だが、じゃありません!」
オカンすぎるアスタロトの叱咤に、ルシファーはちらりと隣のヤンへ助けを求める。しかし彼はそっと目をそらした。森の強者であるが故に、自分より強いものには逆らわないのがヤンの流儀だった。
「ヤンが育てるんだから、問題ないだろ」
「犬が鳥を、ですか? 食べずに育てる?」
「我は犬ではっ…………何でもございません」
反射的に文句をいいかけたヤンだが、尻尾を丸めてすごすごと敗退した。分かるぞ、アスタロトのあの目は怖い。同情しきりの魔王へ、青いヒナを突きつけて溜め息を吐いた。
「中庭に小さな小屋を造ります。ヤンもしばらくそちらで寝てもらいます」
「「え……はい」」(それって犬小屋?)
ヤンとルシファーは同じ考えに至り、反論できずに頷いた。いくら銀龍石造りの建物でも、絨毯やカーテン、寝具まで燃え種は沢山ある。いつヒナが火を出すか分からない以上、室内に置けない彼の決断は当然だった。
「ヤンはお外の子になるの?」
リリスが自分のプリンを食べながら尋ねる。ルシファーの隣に座り、足がつかないソファの上でぶらぶら爪先を揺すりながら、スプーンを口に運んだ。こっそり毒見を済ませたのは言うまでもない。
「ああ、今日からヒナと一緒にお外だ」
「やだぁ! そんなの可哀想だよ、パパ……何とかして」
頼られたら何とかしたい。しかし腕を組んで立ちはだかるアスタロトに勝てる気がしない。
「アスタロト、さすがに外は可哀想だろう。これでも魔獣の王なのだし」
「元王ですね」
肩書きを直されてしまったが、確かに代替わりしたので『元』が上につく。そこは逆らわずに頷いて、隣を見れば期待の眼差しがきらきら輝いていた。眩しいくらいの赤い瞳に、ぎこちなく微笑んでアスタロトを向く。突き刺すような血色の瞳だった。同系色なのにこんなに違うのか。
「幸いにして魔術がある、魔法陣でヒナを囲えば火事も防げるのではないかと」
「……ルシファー様、燃えたら終わりですよ」
「け、結界で包む方法もあるし……」
城を燃やしかねない事例だから、アスタロトが譲らないのも理解できる。ヤンが哀れだと思う気持ちも本当だ。しかし、隣で袖を摘んで輝く眼差しを向けてくる愛娘の期待に応えたかった。
「わかりました。それでは、一時的に許可しましょう」
「やった!!」
リリスが手を伸ばして、アスタロトの手から青いヒナを回収した。手の中で大人しく撫でられているヒナは可愛い。ヒナを抱っこするリリスはもっと可愛い! 世界中で一番愛らしいに決まっている……でも裾を摘んだ手があっさり離されたのは切ない。
「パパ、ありがとう」
「よかったな、リリス」
黒髪を撫でながら自然と頬が緩む。そんなルシファーの姿に、アスタロトは呆れ顔で溜め息を吐いた。成り行きを見守っていたヤンも安堵の息をつく。
「一緒のお部屋だよ、ピヨ」
ん? 今……名前らしき単語が聞こえた。隣の娘を見ると、プリンの残りをヒナに食べさせている。鳥同士だと共食いにならないんだろうか。
「えっと……リリス? ピヨっていうのは」
「この子の名前! ピヨピヨ言うから、ピヨ」
「そうか」
ぎこちないながら笑ったルシファーは、足元で硬直しているヤンを見る。現在は室内なので大型犬サイズに落ち着いているが、もしかして彼に名前をつけたときの「にゃん」は………いや考えるのはよそう。これはきっと気付いちゃいけない類のアレだ。
そっとヤンから目をそらす。複雑そうな顔のヤンとアスタロトも同様の結論に至ったらしく、誰もが言葉少なに残りのプリンを食べ終えた。
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