1233. 覗かれた甘いひととき

「陛下と何を話したの?」


 ベルゼビュートは、ルシファーの表情の違いに気づいていた。何か懸念がありそうなのに、解決した顔をしていた。席を外した間に、何があったのか。付き合いの長いルシファーのことだから、心配でエリゴスに釘を刺したとか?


「ベルゼビュート様をよろしく頼むと、言っていただけました。光栄なことです」


 目を見開いたベルゼビュートの表情が笑み崩れていく。しなだれ掛かるように膝の上に座り、首に手を回した。


「光栄なだけ?」


「いえ、あなたをお守りするのは当然のことですよ。私だけの姫君ですからね」


 甘い言葉よりさらに甘い眼差しに嘘はない。他者の感情に敏感なベルゼビュートは、婚約者の頬にキスをして強請った。


「ベルゼビュート様なんて硬いわ。ベルゼと呼んでちょうだい」


「恐れ多いです」


「ベルゼ、以外では返事をしないわよ」


「ベルゼ様」


「様はいらないの」


 くすくす笑ってベルゼビュートは彼と唇を重ねた。赤い紅を移したエリゴスの唇を、指先で拭った。その指を捕まえたエリゴスが丹念に舐めとる。


「ベルゼ、本当にそうお呼びしても?」


「ええ、そうしてちょうだい。エリゴス」


 仲良く過ごす女大公と婚約者の様子を廊下から、侍女達がうっとりと眺めていた。


「素敵ね、色っぽいわ」


「ベルゼビュート大公様とエリゴス様、お似合いよね」


「芝居や本の原作にぴったりよね」


「ああ、分かるわ。確かダークプレイスで、いろんな恋愛本を書いてる天才作家様がいるのでしょう?」


「私1冊持ってるわ。あとで貸すわね」


 ひそひそと盛り上がる彼女らだが、実はサボりではない。この部屋の食器の片付けにきたのだ。デカラビア子爵家の侍女達は、仕事より覗きを優先した。と表現すると問題あるだろうか。女大公の恋を応援するという建前で、覗きを楽しんでいた。ちなみに彼女達は途中で食器の片付けを明日に変更し、帰宅することになるが……当然、その未来を予知できる者はいなかった。




「リリス、具合はどうだ?」


「平気……怠いだけよ」


 寝室の中に声をかけてから覗き込むと、ベッドに横たわったリリスの顔色が青かった。慌てて駆け寄り、治癒をかける。頬がやや赤くなり、リリスはほっと息をついた。


「ありがとう、ベルゼ姉さんったら途中で行っちゃうんだもの」


 事情がなんとなく掴めたルシファーは、仕方ないと苦笑いした。オレとエリゴスを残してきたことで、余計なことを言われないか心配になったのだろう。やっぱり考え直しますと振られた過去があるので、神経質になっているのだ。エリゴスなら問題ないと思うが、彼女は傷つくことを恐れてしまう。


「エリゴス、どうだった?」


 ごろんと寝転がって横向きになったリリスが腕を伸ばすので、素直に首に巻きつけて抱き寄せる。そのまま抱き上げて、ベッドに座ったルシファーは彼女を膝に乗せた。


「ベルゼを本当に好きなのは間違いない。愛情だけはっきりしていれば、後はどうにでもなるさ。婚約祝いを用意しようと思うが、一緒に考えよう」


「いいわね。ベルゼ姉さんの結婚式に使う物がいいかしら」


「婚約者以外が贈るのは良くないから、装飾品はだめだな」


「じゃあドレスや靴も?」


「やめておこう。結婚なら花や家具もいいが……」


「ベルゼ姉さん、一通り持ってそうなのよね」


 家具を贈るのも難しい。城はすでにある。その上で領地持ちで金があるときたら、何を贈ればいいか。


「アスタロト達にも相談して、連名の方が無難かもしれんな」


 魔王城の関係者は同様に悩むに違いない。そう匂わせたルシファーに、リリスも頷いた。

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