157. 残ったプリンの保存場所

 卵と牛乳を混ぜた液体を、お玉で小さな入れ物に移す。簡単そうに聞こえる作業だろうが、実際やってみると簡単である。大した技術も必要ないはずだが……この場の全員が息を飲んでリリスの手元を見つめた。


「ゆっくり……そう」


「がんばれ」


 応援される中、リリスが卵液を掬い上げた。そしていきなり零す。ばしゃっと机の上にクリーム色の液体が流れた。


「やあっ!」


「リリス様、こうやって半分だけ入れましょうか」


 侍女のアデーレが妥協案を出す。一度で入れ物に液を満たそうとするからいけないのだ。二度に分けて零しにくい状況を作ればよかった。彼女の機転に、何か思いついた料理長が走る。もどってきた彼の手には、お玉より小さいが、スープ用スプーンより大きなレードルが握られていた。


「リリス姫の手ですと、こちらの方が」


 そっとお玉と交換する。足を踏み鳴らして失敗に抗議していたリリスが、目を輝かせて卵液にレードルをいれる。この器具は杏仁豆腐などのデザートを掬う際に見たことがあるため、ルシファーもぎゅっと拳を握って見守った。


 半分くらい掬った卵液が、小さな個別容器に流し込まれる。傾けて全部いれると、すぐに2杯目に向かった。そんな愛娘の必死な姿に、「よしっ」と小さくガッツポーズをする魔王様だった。


「パパ、見てて」


「ちゃんと見てるよ」


 子供という生き物は、1回成功するとすぐに調子に乗る。そして大抵の場合、調子に乗った後は失敗するものだ。傾いたレードルの反対側から零れそうな卵液に、アデーレが少しズルをした。半円形の結界で覆って、零れそうな卵液を誘導する。


 ちらりと目が合った料理長も、ルシファーも、その話に触れなかった。時間をかけて流し込まれた卵液が容器に収まり、得意げなリリスが幼い胸をそらす。


「パパのお姫様は、料理も出来るんだな。パパは幸せだ」


 基本褒め殺しで育てられているリリスは、にこにこ笑いながら次の容器に向かい合う。そうしてリリス以外の誰もが胃を病んでしまいそうな時間を経て、ようやく卵液をすべて分け終えた。


 ほっと息をついた料理長が、危なげない手つきで蒸し器にプリンをセットしていく。ここまで来れば、カラメルをかけるだけだった。


 とことこ走ったリリスがルシファーの足に抱きつく。


「パパのお菓子作った」


「ありがとう。リリスが作ったお菓子は天下一品だ。きっとすごく美味しいだろう」


 絶世の美貌に、誰もが見惚れるような笑みを浮かべて、ルシファーがリリスを抱き締めた。しゃがんだ魔王の髪が床についていようが、卵液でべたべたの手で服を汚そうが、誰も何も言えない。


 さっと魔法で綺麗にしながら、蒸しているプリンを振り返った。


「パパとアデーレ、ヤン、アシュタ、ベルちゃん、ベルゼ姉さんやロキにも!」


「ロキ?」


 聞き覚えのない名前に首を傾げる魔王へ、侍女のアデーレが苦笑いしながら付け足した。


「ルキフェル様の愛称ですわ」


「ああ、なるほど」


 どこぞの神話の邪神かと思った。怪しい奴が近づいたら駆除しなくてはいけないからな。リリスに見えないよう意味ありげに微笑んだルシファーは、魔王の称号に相応しい黒さだった。育てたベールやアスタロトの影響を存分に受けたルシファーが、外見のように純白なわけがない。


 湯気の出ている蒸し器を見ながら、ルシファーが真剣に考えていたのは――プリンを数万年単位で保存する方法だった。先ほど数えた人数にリリスを入れても8人、つまり10個作ったプリンは余るのだ。1つ余分にリリスが食べるとして、残った1つをどうやって保存するか。


 別空間に保存して腐ったりカビたりしないだろうか。いや、そもそもあの収納空間に食べ物を長期間保管したことあったか? それ以前に冷やしておかないといけないから氷魔法を駆使してケースを作るほうが先か。


 いろいろ考えながら、蒸し器の湯気を眺めていた。

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