1087. 一難去ってまた

「あなたの前に生まれた半鱗族は、400年前の女児が最後です。あなたの叔母にあたる女性ですね」


 母親の妹が最後の子供だ。その後ぱたりと生まれなくなり、種族は滅亡へと向かった。その原因は定かではないが、好戦的で成人前に死ぬことも多かった彼らの全体数は少ない。新たに特徴を受け継ぐ子供が生まれなければ、年老いた順に死んでいく種族が滅びるのは当然だった。


 200年ほど前、族長は竜人族と揉めた。きっかけは些細なもので、話し合いで解決可能と思われた。だが、交渉に訪れた竜人族の貴族の子息を、族長プルソンが殺してしまう。武器を持たず和解を申し出た者を殺し、その死体を切り刻んで親に突き返したのだ。


 非道な行いは魔王城に知れ、アスタロトが粛清に動いた。相手の言い分を聞かずに処罰したわけではなく、アスタロトも話し合いを試みる。その気持ちを踏み躙ったのはプルソンだった。


 いきなり斬りかかる男に警告を発したが無視され、やむなく討ち取ったのが事実だ。これは魔王城の公式記録であり、別種族から選ばれた数名の立会人も目撃している。


 最後まで話した後、魔王史を収納空間へ戻した。若者は混乱した顔で、膝をつく。仇と憎むことで彼が生き残れるなら、それも大公の役目とアスタロトは受け入れるつもりだった。


「祖父が……?」


「残念ですが事実です。滅びる種族の特徴をご存知ですか? まず生まれる子供の数が減少します。次に好戦的になり、自ら寿命を縮める――思い当たるのでは?」


 半鱗族は200年前に末期だった。族長の暴挙に、同族の誰も意見しなかったのだ。止めることもなく、逆に煽った。それは魔王に刃向かった神龍族もよく似ている。


 基準はまだわからないが、どの種族も同じ滅び方をしている。失われても、数百年後にどこかで先祖返りする種族もいた。人狼がその一例だ。そう考えれば、先祖返りと滅びは禊なのかも知れない。


 長く繁栄した種族が一気に燃え尽きて、また新たな火種として蘇る。芽吹いたばかりの蕾を、摘み取る気はなかった。大輪の花を咲かせるか、蕾のまま枯れるか。どちらでも精一杯生きてほしい。


 長く生きて、多くの者を見送った魔王や大公だからこそ、強くそう思えるのだろう。他者の過ちを許して受け入れることは、当たり前になっていた。


「誰に話を聞いたのですか? 亡くなられたお母上でしょうか」


「いや、神龍の……顔に大きな鱗がある男だ。確か名前は」


「「ガープ」」


 特徴を聞いた途端、ルシファーの口から溢れた名前が、アスタロトの声と重なる。驚いた顔をする若者を置き去りに、アスタロトはルシファーに向き直り一礼した。


「申し訳ございませんが、私の権限で片付けて参ります。代わりにベルゼビュートをお呼びしましょう」


「いや、いらぬ」


 そのまま消えたアスタロトを見送り、狼狽える半鱗族の若者に向き直った。


「そなたは騙されたようだ。家族がいるなら戻って良いぞ」


 無罪放免だとはっきり言い聞かせる。屋台の店主は肩をすくめ、先ほど武器にしようとした出刃包丁で肉の骨を叩き切った。あの勢いで人に攻撃したら、肩ぐらい切り落とせそうだ。思い留まらせて正解だった。


 隠れて胸を撫で下ろす。


「大変っ」


 リリスが慌てるのと同時に、ピンクの巻毛が現れる。大公ベルゼビュートは右手に抜き身の剣を持ち、魔王の前に立った。


「魔王に挑戦する前に、私を倒しなさい!!」


「男前ですねぇ」


「アドキスも見習え」


 アムドゥスキアスが呟くと、レライエが笑いながら突いた。仲睦まじい2人の横で、ルーサルカがぼやく。


「お義父様ったら、陛下のお言葉を最後まで聞かなかったのね」

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