1086. 操られたとしたら

 半鱗族は、リザードマンに近い種族だ。外見は肌の半分以下の鱗と、人肌に似た皮膚を持つ。好戦的で他種族の領地を頻繁に侵害した。400年ほど前から子が生まれなくなり、絶滅すると考えられた。だが嫁いだ先の種族で、先祖返りが出た。


 竜人族と結婚した娘の1人が、半鱗族の子供を産んでいたのだ。幼いうちは竜人族も鱗が多いため、区別がつかなかった。ある程度成長した時点で、竜人族から報告があり確定する。この時点で母親は死亡していたため、唯一の半鱗族だった。


 報告は覚えている。滅びたとされた時も、発見した族長の孫の話も、書類を処理したのはアスタロト自身なのだから。


「祖父を殺したのは魔王と聞いたぞ」


 なるほど。誰かに吹き込まれたわけですか。アスタロトは大きく深呼吸した後、偽悪的な笑みで応じる。


「その情報は間違っていますね。祖父の仇と言いながら、相手を間違えるなど愚かにも程があります」


 怒りに顔を赤くした青年へ、アスタロトは両手を広げて誘うような仕草をした。口調を仕事用に改め、顎を持ち上げて見下すような表情を浮かべる。


「彼を殺したのは大公アスタロト、この私です。陛下は隣におられましたが、手を下しておりません」


「っ……」


 ルシファーは開きかけた口を閉じる。アスタロトの言葉に嘘はない。確かにトドメを刺したのは彼だった。だが理由がある。孫である彼にとって辛い事実を告げないのなら、憎む相手が必要だろう。


 半鱗族の寿命は350年前後。祖父の罪を知って落ち込むより、恨んでも顔をあげて生きて欲しい。それは長寿故の傲慢だった。他者の心を操って誘導する汚い手法だ。批判は覚悟の上で、アスタロトは己の手にかけた男の名誉を守るつもりだった。


 このまま若者が突っぱねれば、それで構わない。しかし、彼は意外にも不思議そうな顔で尋ねた。


「……本当なのか?」


 真っ直ぐな性格なのだろう。ならば真実を受け止めることが出来るはずだ。それがどれほど耳に痛く、心に苦しい真実であっても。


「大公の地位と、長く生きた年月のすべてに懸けて。この手でプルソンの首を落としたことは真実です」


 魔王を庇っているのでは? そんな疑問に、目を逸らさず吸血鬼王は淡々と返した。魔王が殺したとして、隠す必要はない。弱肉強食の魔族は強者に殺されるのは世の習いであり、弱者が復讐する権利も認められていた。


「ルシファー、あの子すこし黒いわ」


 リリスが心配そうに呟く。魔力の色が濁っているなら、心を病んでいる可能性もあるか。または誰かに操られているかも知れない。


 若者とルシファーの間には、出刃包丁片手の屋台の店主とアスタロトがいた。店主の肩を叩いて、下がるよう告げる。代わりに剣に手をかけたイポスが前に立ったので、店主は素直に下がった。礼を言って見送り、ルーサルカ達大公女へ結界を張る。


 魔力の動きに気づいたアスタロトがちらりと確認したが、再び若者に向き合った。外見は若いが、200年前に種族が滅びたと表現したのもおかしい。やはり誰かに嘘を吹き込まれたのだ。


「戦うのは構いませんが、事実を確認しておきましょうか」


 アスタロトは広げていた両手を下げ、空中から1冊の本を取り出した。魔王史として出版される巨大な本を空中に置く。10年に1冊、即位記念祭で発行される本はリリスも一時期愛読した。


 彼が操られているとしたら、誤解を解く必要がある。嘘を吹き込んだ黒幕を追い詰めるためだ。彼の祖父が起こした騒動を、感情を交えず淡々と話し始めた。

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