1319. 犯人へ繋がる情報

 人型が取れないアミーは、子狼姿のまま裏庭へ走っていく。だが途中で向きを変え、茂みの中に飛び込んだ。浮遊しながら後ろで見守るルシファーに気づかず、子狼は首だけ出す。がさがさと揺れる茂みから、人の手が飛び出した。足も人の足に近い。呻いていたアミーが外へ出ると、少年になっていた。


 上半身はほぼ成功だ。下半身、膝から下が毛皮に覆われた狼のままだった。確認して溜め息を吐いたアミーの様子に、どうやら人化の練習をしているのだろうと判断する。目の前に降り立つと、びくりと怯える様子を見せたアミーは茂みに逃げた。


「アミー、オレだ。魔王ルシファーだが覚えているか?」


 久しぶりすぎて忘れられてるかも知れない。一応名乗ってみたら、知ってると返ってきた。茂みからぴょこんと頭だけが覗く。


「人化の練習か」


「うまくいかない。お父さんに恥かかせるし、僕……保育園でお友達が欲しい」


 手招きして並んで座り、詳しい話を聞いた。新しくできた保育園に通うことになり、人化出来ないと不便だと言われ練習を始めたらしい。父は人狼で、見た目はほぼ人に近い姿だった。人化しないと友達が出来ないと思い詰めた。そのため人目につかない場所で、人化の練習をしていたのだ。


「よくわかった。ならば手伝ってやろう」


 小さな魔法陣を作り、アミーの手に貼り付ける。定着させてから、そこへ魔力を流すよう促した。これは補助システムのひとつだ。アミーの魔法はほぼ成功しており、人狼ゆえに一部に獣の部分を残す。それを尻尾や耳に限定することで、足を人化させる回路だった。魔力の流れを軽くいじっただけ。言われた通り従ったアミーは、尻尾と耳が残る獣人の少年に見える。


「あ、足が綺麗になった」


「これで保育園に行けるな。ところで、誰に人化出来ないと困ると言われたんだ? 今回の保育園は魔獣も多い。狼姿でも問題ないぞ」


「え? うそ! でも人化出来るようになったからいいかな……危ない先生がいるから、通うのはやめろって言われたけど。えっとね、教えてくれたのはドライアドの人だった。右手の長い男の人」


「っ、そうか。ありがとう」


 驚きに息を呑むが、それ以上悟られぬようにお礼を言って微笑んだ。ルシファーの脳裏をよぎるのは、ドライアドの長老を決める会議で顔を合わせた青年だ。今はもうかなり歳を重ねただろう。なるほど……繋がってきた。


 ドライアドの現在の長はミュルミュールだ。女性が多いドライアドの特性から、貴族の称号は女性が受ける慣習があった。実際、ドライアドとしての能力が高いのも女性ばかりだ。そんな中、先代の長の息子に高い能力が受け継がれた。故に、母の跡を継いで長になると考えたのだ。


 会議で承認され選ばれたのは、彼ではなくミュルミュールだった。あの時復讐してやると騒いだが、今頃になって動き出したのか。この件はアスタロトに相談だな。


「僕、お父さんに自慢してくる」


「おう、よろしく伝えてくれ」


 子狼姿で駆けていくアミーを見送り、空を見上げる。先ほどから感じる視線はアスタロトか。ぱちんと指を鳴らして執務室に戻った。


「ルシファー様、出入りは……」


「扉から、だろ。わかってる。緊急事態だ、許せ。脅迫文の犯人と思しき人物が見つかった」


 手短にアミーから聞いた話をすると、アスタロトがにやりと笑った。ある程度絞り込んだ容疑者の中に、彼の名前もあったのだろう。確信を得たアスタロトが、廊下のコボルトを呼び止めてベールやルキフェルを呼ぶよう伝えた。


「預かった子、その文章に引っかかるはずだ。保育園の子ども達はミュルミュールへの信頼の証、そう考えるから八つ当たりの対象になったんだろう」


 そんな理由で子どもへ危害を加える文章を書いたのか。実際に危害を加える気があったかどうか、それは問題ではない。脅迫に使おうと考えたこと自体、子どもを庇護する魔族の考えに背く。何より……魔王ルシファーを怒らせるに十分すぎた。


「一番愚かな方法を選びましたね」


 側近の呟きに無言で頷き、腕を組んだ。

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