237. ドラゴンの街へようこそ

 森の奥を右側へ旋回して、少し大きな街の手前に降りた。このあたりは竜族ドラゴンの領域が近いため、街の手前に大きな丘がある。空を飛んできた竜の巨体をおろし、人型を取る場所として機能していた。


 丘の上は赤や白の花々が咲き乱れている。咲き誇る花に目を輝かせるリリスに微笑みかけ、そっと緑の絨毯の上に下ろした。しゃがみこんでリリスを見守ると、彼女は気に入った花に手を伸ばす。


「パパにお花あげる!」


「それは楽しみだ」


 リリスが鼻歌を歌いながら白い花を中心に摘み、10本ほどを握って差し出す。隣で花冠を編み始めたルシファーが手を止めて、小さな花束を受け取った。


「綺麗な花ばかりだ、ありがとう。嬉しいな。リリスは白いお花が好きなのか?」


「うん! パパの色!」


「本当だね」


 リリスがご機嫌で近づいて、興味深そうに手元を覗き込む。胡坐をかいて座ったルシファーの膝の上に置いた花束を避けて、無理やり膝の上によじ登った。編みかけの花を持ち上げてリリスを腕で閉じ込め、はしゃいだリリスの黒髪にキスをする。


 両腕で拘束する形になったリリスが、手元をじっと見つめた。以前にルシファーが子供の頃、誰かに編んでもらったのだ。優しく説明しながら編んでもらった花冠と一緒に「あなたは魔王になるの」と言われた記憶が過ぎる。


 花をひとつずつ絡めて編んだ小さな花冠を、リリスの黒髪の上に乗せる。魔法陣で落ちないように固定したら完成だった。


「すごく似合うぞ、お姫様」


 ちゅっと頬にキスをすれば、嬉しそうなリリスが飛びついてきた。振り返りながら頬にキスを返してくれる。互いに笑顔で身を起こすと、リリスにもらった花束を右手に、リリスと左手を繋いで歩き出した。


 目指す街は魔物避けの低い柵に覆われている。柵の杭は魔物が嫌う香木ヒノキを利用して、低くても魔物が近づかないよう工夫されたものだ。近づくとヒノキの香りが強くなった。


「不思議な匂いする」


「魔物避けの香木だ。オークやゴブリンが嫌う匂いなんだぞ」


 説明すると「すごいね」と納得したらしい。一箇所だけ柵がない入り口を通過すると、近づいた衛兵が武器を手に誰何した。


「……どこから来た? 身分は……!? ま、魔王陛下!」


 言葉による答えより明確な証拠を示すため、黒い羽を4枚広げる。ばさっと広がった複数対の翼を見るなり、衛兵は慌てて膝をついた。純白の姿で気付いたもう1人も慌てて駆け寄る。


「大変失礼いたしました」


「役目ご苦労。しっかりしてて安心したぞ」


 跪いたままの衛兵達の肩をぽんと叩いて通り過ぎる。咎める必要はなくて、誰が相手でもきちんと仕事をこなす姿は好感が持てた。リリスは不思議そうに彼らを見たあと、手を繋いで街の中に足を踏み入れる。


 目の前に広がるのは真っ直ぐな煉瓦の道だ。両脇に白い壁の建物が並ぶ。計画的に整えられた町並みは、整然として美しかった。白い壁の下部分は煉瓦が埋め込まれ、アクセントと基礎部分の強化を同時に叶えている。屋根はすべて赤で統一された街は、鑑賞に値する。


「パパ、みんな赤い屋根?」


「そうだよ。すべて赤い屋根にして、白い壁にしたんだ。綺麗に見えるだろう?」


「自分のお家わかんなくて、迷子になるよ」


 リリスの子供らしい意見にくすくす笑いながら、近くの店の前に立った。そこには表札として記号が書かれている。貴族階級はともかく、魔族は文字が読めない者も数多くいるため、紋章のような記号で店の種類や家の場所を表していた。


「ここはパン屋だ。他にも沢山記号があって、お店やお家がわかるようになってる」


「パン食べる!」


 リリスの希望を叶えるため、お店の中にはいる。邪魔になる翼を消したルシファーだが、純白の容姿で店の主人はパニックになった。


 これが城下町のダークプレイスなら、住人達も大して気にしない。毎週のように町に下りてくる庶民派の魔王は有名だからだ。しかし地方の街では騒ぎになってしまう。


「リリスはどれがいい?」


 周囲の客や店員の騒ぎをよそに、マイペースにリリスとパンを選んでいく。ルシファーの動じない姿に、店内も徐々に静かになった。


「これ、こっちも」


「そんなに沢山食べられるのか? このあとお昼だぞ」


「平気だもん。ひとつはおやつにする」


 ならばいいかと、兎の形をしたクリームパンと丸い惣菜パンをトレイに乗せる。自分用にアンパンを選んでから支払いを済ませた。なお、ここで「払う」「払わない」のやり取りがあったのは、お約束である。

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