238. 竜騎士の派手なお出迎え

 ふらふらと店を冷やかしながら歩いていると、街の中心部にある広場に出た。この街は中央にある湧き水の噴水から東西南北に大通りを配して、周囲を丸く覆った円形都市になっている。それぞれ四方に門があるが、今回ルシファーが入り口として使ったのは西の門だった。


 噴水の前で足をとめると、広場の上に影がかかった。気付いていたルシファーは溜め息をつくが、周囲の住民は大騒ぎだ。領主であるドラゴニア家も街の上は飛ばない約束だった。そのため上空の竜騎士に、住民は顔をしかめる。


 しかしリリスは大喜びだった。大きな竜を指差して「コカトリスより大きい」と興奮している。間違えて攻撃するとマズイので、リリスの指先を掴んで「指差しちゃダメ」と注意した。


 前にコカトリスやワイバーンを撃ち落した実績があるので、リリスの指差しはかなり要注意なのだ。


「ったく、大げさな奴らだ」


 苦笑いして背に翼を出す。上空から探されているのは自分だが、髪色だけで探すのは難しいだろう。ましてや今立っている場所は、店の軒先で隠れていた。数歩前に出て広げた翼に、リリスが大喜びで飛びつく。苦笑いして抱き上げたところに、竜騎士が舞い降りた。


「魔王陛下、お探ししました!」


「おい、街の上は飛ばない約束だろう!」


 膝をついた騎士の前に、住民が立ちはだかって文句をつける。約束を破られたのだから怒って当たり前だし、魔王が来たと衛兵から聞いた騎士が焦ったのも理解できた。


 数歩前に出て、竜騎士と住民の視界に入る位置で声をかける。


「悪かった、余が街を散策していたゆえ探させたようだ」


 どちらにも通じる言い訳を口にして譲歩を促せば、騎士は深く頭を下げた。困惑顔の住民も「魔王様じゃ仕方ないな」と引いてくれる。どちらにも礼を口にして、笑みを向けた。途端に双方とも顔を赤らめるのはどうかと思うが。これ以上揉めずに済みそうだ。


「パパ、うさちゃんパン!」


 強請るリリスの前で、空間から取り出したパンを差し出す。あーんと大きな口で耳を齧るリリスは、溢れたクリームを無造作に手で拭った。べたべたの手で反対の兎耳もちぎり、ご機嫌で顔部分も平らげていく。クリームの味が気に入ったらしい。


「お手手汚れちゃった」


 以前なら裾でこっそり拭いただろうが、最近は自己申告するようになった。褒めながら湧き水で手を洗わせて、ポシェットから取り出したハンカチで拭く。


「手を綺麗に洗えたな、リリス」


「うん」


 嬉しそうなリリスを抱き上げて振り返ると、騎士は困惑の表情で固まっていた。逆に住民は「可愛い」とリリスに手を振る女性もいる。笑顔で手を振るリリスが、長いルシファーの髪を掴んだ。


「あの人、ずっとお座りしてる」


 傅いたままの騎士に気付き、ルシファーが近づいて声をかける。


「余を迎えに参ったのか?」


「あ、はい。ドラゴニア公爵家の使いでございます」


「案内せよ」


 仕事バージョンで命じて、先導する竜騎士とともに領主の館に入った。やたらと大きな屋敷は、町の北側にある。大通りから外れた丘に建つ屋敷は、煉瓦造りだった。


 身体の大きな竜が下りられる前庭を通り抜けたルシファーは、玄関で待つ見慣れた老人に話しかける。


「久しぶりだ、竜老公」


「お変わりありませんなぁ、陛下」


 生まれたときから知っているドラゴニア前公爵だが、今はもう老人だ。彼も他の魔族と同じように、自分達を置いて逝くのだろう。すこし切なくなりながら、近づいて握手をかわした。


「そちらの姫君が、陛下のつがいですかな?」


「そうだ。リリス、ご挨拶して」


「こんにちは」


 ぺこりと頭を下げるリリスに、老公爵は頬を緩めて何度も頷いた。竜を含め、魔獣は自らの伴侶を番という表現をする。ルシファーの真似をして小さな手を差し出すと、老公爵は屈んで手を額の上に掲げた。


「握手じゃないの?」


 不思議そうなリリスへ「これはレディへの挨拶だから、リリス専用だぞ」とルシファーが簡単に説明する。大きく目を見開いたあと、リリスはにっこり笑った。頭の上に乗せたままの花冠を手で押さえながら、ちょっと会釈する。最近覚えた仕草だ。


「愛らしい姫君にお会いできて光栄です。現在当主が留守にしておりますゆえ、ワシが出迎えをさせていただいた次第……次代はまだ幼いのでご容赦を」


 挨拶に出てこなかったのではなく、老公爵の判断で出さなかったのだろう。一人息子のラインは、リリスの保育園の先輩だった。しかしリリスは気付いていない。このまま会わせずに帰ろう……複雑な嫉妬心を隠して、ルシファーは老公爵の案内で屋敷へ足を踏み入れた。

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