1182. 譲れないことのひとつ

 仲良く果物を食べて、浄化をしたあと抱き合って眠ってしまった。ルシファーのテントが静かになったのを見計らい、そっと確認する大公達が頷く。ちなみにベルゼビュートは悪さをしないよう拘束された状態で、ルキフェルはすでに夢の中だった。確認したのはベールとアスタロトの2人である。


「リリス様の奔放さは何とかしないと」


 唸るアスタロトに、ベールが肩を竦める。


「昔の陛下を思い出します」


 そう言われれば……似たような感じだった。他者に伝言を残せばいいのに、ふらりと出かけてドラゴンを叩きのめしていたり。自分勝手な理由で、どこぞの山に穴を開けたり。騒動が大きい人だった。今でこそだいぶ落ち着いたが、あの頃のルシファーを思い返せば……リリスの方がよほど大人しい。


「比較対象が間違ってる気もしますが」


「生まれたばかりの魔族だと思えば、叱りすぎるのも可哀想です」


 ベールの領地は神獣や幻獣ばかりだ。特殊な生活環境を好んだり、奇妙な習性をもつ種族が多かった。その意味で慣れているのもあるが、新しい種族が生まれる確率も一番高い。たいていの魔族は、生まれてすぐ騒動を起こす。それを宥めて叱り、躾ていくのが大公の役目でもあった。


 リリスが新種の魔族と考えれば、魔力量が異常に多い種族に分類される。魔王城を吹き飛ばしたり、山を陥没させる可能性もあったのだ。目測を誤って大公や魔王の上に雷を落とす程度、大した問題ではなかった。翡翠竜はドラゴン分類とされているが、実際は変異種扱いだ。その彼は魔王城を半壊させた。


 そう考えると、リリスの行いが可愛いレベルに思えてくるのが不思議だった。彼女の言動が大騒ぎになるのは、その都度ルシファーが巻き込まれる所為だ。魔王絡みなので、騒ぎが大きくなり収集が付かなくなる。つまり……。


「ルシファー様が原因ですね」


「否定はしません」


 赤子のリリスに歯が生えてきた頃、通り魔のように獣人に噛みつく事件があった。あれも、通常なら叱られて終わりだ。獣人達のふわふわした毛皮や耳が気になったのだろう。狩りの習性と考えれば、納得しないながらも理解は出来る。ルシファーがリリスを庇おうと証拠隠滅をしなければ、あんなに叱られることもなかった。事実、被害者に補償と謝罪をしたことで事件は示談となったのだから。


「今回もそう、ルシファー様の所為でした」


 魔の森の娘が里帰りしただけ。ただ伝言を忘れた。事実を箇条書きにしたら、たいした事件ではない。それが魔王軍が森に野営地を作る騒動に発展したのは、魔王ルシファーが「リリスが出て来るまで動かない」と宣言したのが理由だった。徐々に目が据わっていくアスタロトに、ベールが苦笑いする。


「仕方ありません。8万年も孤高の存在として独りだった陛下が、ようやく見つけた伴侶ですから」


 愛する存在が消えたら、誰でも慌てる。状況が分からなければ心配するし、出て来るまで待とうと試みるだろう。それはルシファーだからではなく、どの魔族でも同じだった。


 騒ぎが大きくなるのは、それだけ愛して大切にしている証拠だ。人族の脅威が消え、勇者が曖昧になった今、多少の騒動はご愛嬌なのでは? 余裕を見せるベールは、集結した軍の半数に通常業務へ戻るよう指示を出していた。この後はもう事件もないと踏んだのだ。


「そうですね。誰でも譲れないことはあります」


 孤独だった魔王に寄り添う存在が出来た。自ら選んで育て愛し、応えてくれる存在――己の命を投げ出してでも守りたい存在は、大公達も心当たりがある。誰にでも公平に優しく、公平に笑みを向けてきた魔王の唯一。リリスという存在が魔王を救うのなら、混乱も楽しむくらいの余裕を持つのが大公でしょう。顔を見合わせた2人は諦めを含んだ口元を歪めて笑い、テントの前から静かに離れた。


「なによ。男同士で通じ合って、もう! あたくしを忘れるなんていい度胸じゃない」


 縛り上げられ動けない状態で転がされたベルゼビュートが悪態をつく。ぐっすり眠って満足した魔王がテントを出て最初に踏んだのは、地面ではなく精霊女王だった……とか。

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