375. 母なる森の声
夜の
まるで誰かに囁くように。森の声は月光に溶けて消える。
魔の森は成長する森である。魔族ならば誰でも知っている常識だ。魔物を生み出す
――魔族を生み出す、母なる森。
「リリス、どうした? ご機嫌だな」
バルコニーの手すりに寄り掛かったルシファーの腕の中で、赤子は声を上げて喜ぶ。降り注ぐ月光へ手を伸ばし、ルシファーの白い髪を握りしめて、緑が消えた森に視線を向けた。
魔の森に対する施策として、危険性が高い場所から対処する方針が固められた。外周より魔王城周辺の修復を急ぎ、外周近くの森の中で比較的魔力量が少ない種族が住まう地域を優先する。
アルラウネが生息する森は、風の妖精であるシルフの森と隣接するため、フェンリルやエルフが積極的に魔力を放出して回復を促すことになった。今回の贖罪を兼ねて神龍族のタカミヤ公爵が協力を名乗り出ている。シェンロンの魔力量は豊かなので、森はすぐに元の姿を取り戻すだろう。
魔王城周辺はドラゴニア公爵家指揮の下、竜族と一部の神獣が協力して魔力を供給するらしい。今回の緊急会議で手伝いを申し出たルシファーは「あなたは回復してから手を挙げてください」という、アスタロトのぴしゃりとした物言いで却下された。
各種族が頑張っているというのに、元凶である自分は出来ることがない。ルシファーは複雑な思いで溜め息を吐いた。沈んだルシファーの感情を察知したように、リリスが身を揺する。
「るぅ! うー!!」
ぶんぶんと両手を振って興奮状態の愛娘の頬にキスをして、赤い瞳を覗いた。
「この世界はいま、リリスにとって何色に見えるのかな」
魔力を色で判別する能力があるリリスは、枯れた魔の森を黒いと表現するのだろうか。痛そうだと顔を
ベールやアスタロト達はリリスの記憶の有無を気にする。しかしルシファーは、彼女が生きているだけでよかった。記憶があればそれでよし、覚えていなくとも構わない。アスタロト達の懸念のひとつが、リリスの正体なのも知っていた。
一度死んで蘇る神獣系の種族や、不老に近いルシファーのような存在は確認されているが、若返った種族は記録がない。
あのとき使用した禁術の魔法陣がどういう作用を起こし、リリスを赤子に戻したのか。確認するには同じ術を再度使用して検証するしかない。それは世界を滅ぼすことと同意語で、不可能だった。
「リリス」
名を呼ぶと反応して、嬉しそうに笑い返す。赤子のふくよかな頬を指先で
彼女が苦しまず、痛みを感じない状態で、こうして生きていてくれる――手の届く場所にいることができて、リリスを抱き締められる。これ以上の幸せはないと、ルシファーは穏やかな笑みを浮かべてリリスに頬ずりした。
「きゃう! あぁ」
1歳未満は言葉を話すのではなく、ただ発声練習のように声を張り上げるだけ。分かっていても「るぅ」とリリスが口にするたび、呼ばれているようで嬉しくなる。一度失いかけたからこそ、さらに可愛く愛しく思えた。
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