981. 我の毛皮はご勘弁を!

「リリス様、卵を入れる袋を作りましたの」


 アデーレが笑顔で差し出したのは、卵を入れるバッグのような布だった。斜め掛けするもので、両手が塞がらないよう卵が固定される仕組みだ。筒状体の長い紐を作り、その中央に卵を固定してリボンで縛る。簡単だが安全で、落とす心配がなかった。


「ありがとう! これならレラジェも安心ね」


 侍女長との平和なやり取りをよそに、ルシファーはベルゼビュートの提出する書類を映像に変更できないか、相談中だった。ルキフェルは唸りながら録画用魔法陣の改善を約束し、装飾品に刻んでベルゼビュートに保有させる方向で話し合いが一段落する。


「昨日は半日休めたし、今日からまた視察だな」


「今度は我々も万全です!」


 気合を入れて答えたのはレライエだ。翡翠竜に小型種族用の防寒服を着せ、バッグもグレードアップさせた。内側に羊系獣人から貰った羊毛を敷き詰めている。


「リリスの袋はレライエのバッグに似ているな」


 片方の肩から、腰に掛けて後ろで固定する。仕組みもよく似ていた。中に生き物が入る点でも類似点が多い。嬉しそうに「お揃い」と手を叩くリリスとレライエをよそに、シトリーも完璧な防寒を決め込んでいた。ほぼ着ぐるみに近い顔以外を覆う形状の服に入っている。着ると表現するより、被ったと表現した方が近いか。


「これは温かそう」


「お兄様に用意していただきました」


 満面の笑みで得意げなシトリーは、上に嘴のついた着ぐるみ姿で胸を反らす。


「確かに……可愛いな」


 リリスに着せた姿を想像するルシファーの言葉に、リリスがピクリと反応した。


「浮気?!」


「違う。リリスもこんな着ぐる……いや、衣装を着たら可愛いだろうと想像しただけだ」


 本人に着ぐるみと言い放つのは失礼だろう。服と表現するのも違う気がして、衣装という単語を選んだ。ぱちくりと大きな目を瞬かせ、リリスはシトリーの服を眺める。それから要望を口にした。


「私はヤンの着ぐるみがいい」


「わ、我の毛皮は……いくら姫でも! せめて死ぬまで……」


 半泣きで抵抗するヤンを捕まえ、頭を撫でてやる。


「安心しろ。ヤンの仲間に見える姿の着ぐるみで、ヤンから毛皮を奪ったりしない」


「我が君ぃ、本当ですな? 姫のあの表情を見ても、我を裏切ったりはなさいませんな?」


 やけにしつこく念を押すヤンの示す先で、リリスは目を輝かせていた。危険な兆候だ。ひとまずコートを羽織らせて出かけてしまおう。何かに気を逸らせば……そんな思惑を知らず、リリスは素直にコートに袖を通した。


 ここで問題が発生する。コートの前が閉まらないのだ。巨大卵がはみ出してしまうため、悩んで自分のコートを羽織らせた。裾を引きずるのも危険か。細身のルシファーの服では、さっきより少しマシ程度にしか卵が隠れない。


「こちらのタイプなら大丈夫ではありませんか?」


 見かねたアデーレが差し出したのは、ポンチョタイプの上着だった。リリスの膝まで覆うタイプで袖を通す部分がなく、ひらひらと裾が大きく波打つデザインだ。お飾りが多いドレスや、裾広がりの時に使用する上着だった。


「これにするわ」


 くるりと回ると、裾が大きく広がって優雅な印象を与える。問題ないと判断したルシファーが頷いた。


「それにしよう。助かった、アデーレ」


 もしアベルがこの場にいたら「テルテル坊主」と表現して、理由を聞かれたことだろう。色が紺色なのが救いだが、上に三角のフードがついたポンチョで卵を覆ったリリスはご機嫌だ。動きを妨げない裾の動きが気に入ったらしい。何度もくるくる回って確かめていた。


「では行こうか」


 中庭に移動してから転移を発動させ、北の大陸に降り立つ。留守にしていたアスタロトとベールは彼らの装いを知らず、新しい録画機で頭がいっぱいのルキフェルは気づかなかった。


 ――リリスの姿が、妊婦にしか見えない事実を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る