1162. 書類はちゃんと説明しろ

 城の新たな修繕費用を捻出し、今回の騒動の報告書と反省文をチェックする。魔王と側近達の仕事が減らないのは、このあたりが原因だった。


 手際良く仕事を分配するアスタロトだが、大公クラスの反省文となれば他の誰かに頼むわけにもいかず……やはりルシファーの担当になるのだ。目を通して承認印を押したルシファーへお茶を差し出す。


「戻るなり、仕事が山積みで驚きました」


 私がいない間、積んでおいたのですね。その嫌味に、ルシファーは平然と切り返した。


「ああ。まさか帰るなり、アスタロトが騒動を大きくするとは思わなかったんでな」


 今回の追加書類の大半は、お前が参戦したせいだろう。そう含みを持たせて微笑む。用意されたお茶に口をつけ、執務椅子に寄りかかった。


 口では文句を言ったものの、このレベルの騒動は恒例だった。処理方法も確立され、予算の工面も問題ない。言葉で言うほど困っていないのが現状だった。慣れてしまった魔族にとって、今回の喧嘩は「そんなこともあったね」と酒場で盛り上がる程度の話題に過ぎない。


「言い返すようになりましたね」


 通常運転の魔王と側近は顔を見合わせて笑い、大量の書類を処理し始めた。正直なところ、リリスがいないと捗るのだ。彼女が邪魔をするわけではないが、ルシファーの気が散って処理能力が落ちるのは確実だった。


「処理の大半を各部署に担当させる算段がつきました。大公4人の承認署名も終わっています。確認してください」


 手元の書類を半減させる提案の議決書類に目を通し、ルシファーは署名してから押印した。ほっとした部分はある。統治し始めた頃は喧嘩やトラブルの仲裁がほとんどで、書類は皆無だった。魔族の生活が安定し、一定の水準に達すると書類が増えてくる。苦情や他の種族との仲裁を求める嘆願から始まり、新たな提案や日常の予算取りと雑務に至るまで……すべてが書類になったのだ。


 当初は書類が少なかったこともあり、ルシファーが処理した弊害で、いまも全ての書類が魔王に集中していた。代行する大公の権限を制限するため、3名以上の承認が必要なのも悪い方へ働く。この状況を改善するために通した議案が、ようやく実を結んだ形だった。


「これで楽になるな」


「ええ。正直、過労寸前ですからね」


 数年規模で、不眠不休で働く大公とは思えないセリフだ。とっくに過労状態である自覚が薄い。それでも蓄積された疲れはあるので、休む予定が立てられることに安堵の息が漏れた。


「こちらが結婚式の予算書です。リリス姫の衣装と装飾品が高額ですが、後は問題ありません」


「ああ、これなら宝石類はオレの私有物を使えばいいし、ドレスも金を出すぞ」


「助かります」


 拳大の宝石を提供すると書き添えたルシファーは、予算の金額をその分だけ減らしてから署名した。きっちり朱肉で押印して決定する。


 予算書が回ってきたことで、数年後に控えた結婚式への期待が高まる。機嫌が良くなったルシファーの前に数枚の書類が置かれた。


「追加でこちらもお願いします」


「おう」


 軽く答えて署名して押印した手が止まる。朱肉で押した印をそのまま離さず、書類の内容にじっくり目を通し始めた。目を細めたアスタロトが「気づかれましたか」と舌打ちする。


「これは……」


「人族狩りの許可証です」


 もう人族は必要ありませんし、勇者と称して少女を送り込むほど数が回復したようですから。そう言われると反対しづらい。言葉が通じるが意思疎通が出来ていない魔物扱いなので、魔王軍が数を制限して管理するのはわかるが。気持ち的にまだ割り切れていなかった。


 私的な感傷で、軍や魔族全体の行く末を左右する気はない。これは貴族が集まって協議した結果であり、民意でもあった。有志を募って人族狩りをする……多少の息抜きでもあった。


「許可する」


 押し付けていた印章を朱肉の上に戻し、押印した書類を突っ返した。


「次からはちゃんと説明しろ」

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