1336. 戦い終わって日が暮れてタコ焼き美味い

「もう平気よ、戻って」


 リリスが話しかけ、何度も説得してようやく木の根が地中に引っ込んだ。芝が広がる一帯は土が掘り起こされ、独特の土の臭いが充満している。夫のエリゴスの背に跨り、ベルゼビュートが地面の穴を埋め始めた。エルフやドワーフも手伝いに入り、城門前は普段の姿に近づく。


 魔王城側に被害はなく終わったが、今後も同じとは限らない。ルキフェルは魔法陣の開発に着手し、ベールがサポートに入った。こんな状況でおちおち休暇も取れないと文句を並べ、ベルゼビュートが辺境警備に復帰した。というより、新婚旅行の辺境見回りを行う。


「アスタロトは休養だな」


「……なりません。ルシファー様が一人でお仕事をなさるわけが」


 ないと断言しかけたアスタロトだが、顔色の悪さはまだ戻っていない。途中で我に返って吸血量を控えたため、絶対量が不足していた。進み出たアデーレの申し出により、問答無用でアスタロトが棺に納められる。そのまま城の地下室へ閉じ込めるらしい。


「数カ月もすれば戻りますわ」


 ふふっと笑い棺の上に腰掛けるアデーレの姿に、ルシファーは曖昧な笑みで頷いた。怖い、うっかり怒らせない方がいいのは、アスタロトよりアデーレかも知れない。


「アシュタ、しっかり治してきてね。ルシファーの仕事は私が監視するわ」


「心配しかありません」


 もごもごと反論するも、棺は地下室へ転送されてしまった。リリスは「アシュタに任された」とその気だが、彼は絶対に同意しないだろう。


「ふむ……仕事は明日からだ。つまり今夜は!」


「「「無礼講」」」


 おう! 拳を上げて盛り上がる彼らを止める人はいない。タコ焼きをまだ口にしていない民も多かった。ルーサルカが土に埋めた鉄板が掘り起こされる。ルーシアが水を掛けて洗い、再びルーサルカがかまどを作った。


 かまどに火を入れたのはレライエだ。婚約者のアムドゥスキアスを抱いたまま、魔法陣のみで着火した。ゆらゆらと燃える火に温められたかまどに蓋をするように、シトリーが風で鉄板を運んで固定する。大公女達の素早い動きに賞賛の声が上がり、食材の確認が始まった。


「ルシファー、タコは?」


「ここだ」


 大量のタコは、ベルゼビュートにより小さくカットされた。鉄板のくぼみに入る大きさに切り刻まれ、巨大皿に山盛りにされたタコ。コボルト達が調理場から運んだタネを流し入れ、考え事をしていたルキフェルがタコを入れていく。自動で動く魔法陣のテストだと言われ、タネとタコは魔法陣に任せることに決まった。


 動作確認をしながら調整するルキフェルは機嫌がいい。会心の出来である魔法陣が問題なく作動するのを眺め、嬉しそうだった。魔王から拝領した剣を背中に背負ったまま、アベルがタコ焼きを回していく。くるくると手際のいい彼の姿に、イザヤも応援に加わった。


 大量のタコ焼きを貰うために並ぶ魔族の行列は長くなり、途中で折れ曲がって戻った後、さらに曲がって続いた。あまりの長さに鉄板が1枚では足りないと、ドワーフが走っていく。鉄板を量産してくれるらしい。


 数時間後には行列もはけた。タコ焼き用鉄板は5枚に増え、それぞれにかまどに据えられる。


「タコが大きくてよかった」


「そんなに大きかったの?」


「ヤンが食われそうに……いてっ、分かった言わない」


 黙っててくださいと唸り牙を剥いたヤンの体面を重んじて、今回のタコ襲撃事件は封印された。魔王史にも記載されることはないだろう。数十年後、ぽろっとルシファーが話してしまうまでは……だが。


 自分が食べられそうになったことも忘れ、ヤンはタコ焼きを頬張った。暮れていく日差しを見ながら、ぼこぼこに荒れた前庭を眺める。勇者到来時からそうだが、どうも城門前は戦いの舞台になりやすいようだ。


「ここに芝はやめて、違う草花にするか」


「やめてください! 私達の仕事がなくなります」


 エルフに止められ、多少費用はかかっても芝の広場を維持することが決まった。

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