66章 ドラゴンの逆鱗

893. 思い出の街でパン屋を探せ

 魔王城と城下町の噂を知らないルシファーは、リリスと水入らずで腕を組んで街を歩いていた。レラジェは可愛いが、やはりリリスとのデートに邪魔である。幼児をみて可愛いとは思うが、リリスほどの愛情を感じないのだから仕方ないだろう。


 後ろを雛のようについてくる少女達は、あれこれと目移りしていた。それもそのはず、ここは比較的大きな街である。視察の順番として、大陸の中央部に集中する大都市から回って、徐々に周囲へ広がっていく形を考えている。そのため螺旋を描くように周辺へ視察予定が告知された。


「リリスは前にも来たか。ドラゴニア家の領地だ」


 イポスは見つけた幼児用の服に目を輝かせる。嫌な予感がして、ルシファーはぎこちなく振り返った。子供向けの可愛い着ぐるみを手にするイポスの、引き締まった腹部に視線が向いてしまう。まさか、アスタロトの孫があの中にいたり……?


 子供服ばかり選んだり、持ち歩いている理由が他に思いつかない。ストラスの奴、大人しそうな顔してオレとリリスより先に関係を発展させるとは、いい度胸だ。八つ当たり気味に護衛の腹を睨んでいると、視線を感じたイポスが振り返った。


「陛下、これを購入してきてもいいですか」


「ああ」


 仕事中なので許可を取るのは偉い。逆に言えば、今までイポスは空気かと思うほど仕事中は無口だった。護衛なのだから当然だが、それが変化したのは……考え始めてぐるぐるするルシファーの袖を引っ張り、リリスは広場の方へ向かう。買い物を終えたイポスがそっと後ろに戻ってきた。


「こっちだったわ」


 以前ドラゴニア家の領地を訪れた際は、街の上空をドラゴンが飛ばない約束があると聞いた。その広場へ行く途中で、パンを買ってもらったことを思い出したのだ。目印となる広場から遡れば、きっとパン屋さんが見つかる。ルシファーを引っ張って広場に出ると、予想外の光景に困惑してしまった。


 丸い広場の中央に噴水がある。そこから四方八方へ道が広がっていた。過去に通った道がどれなのか、まったく判断できない。幼女の頃の記憶であるし、抱っこされて移動したリリスが距離を正確に覚えているはずもなかった。


「わからないわね」


「なにが?」


 ここでようやくリリスが何か探していると気づき、ルシファーは視線を合わせて覗き込んだ。さらりと流れた純白の髪を、子供の頃と同じ仕草できゅっと握る。


「前にここに来た時のパン屋さん。ウサギのパンがあったわ」


「ん……ああ、あれなら左から3番目の赤い看板がある通りだな。パン屋まで少し距離があるが、行ってみるか?」


 ルシファーはすぐに思い出して頷く。あの日のリリスはウサギの形のクリームパンを、いきなり耳から齧った。懐かしい記憶をたどりながら、あっさりと方角を示した。頷いて歩き出したリリスが見上げながら、尋ねる。


「ねえ、どうしてすぐ方角がわかったの?」


「あの時は翼で飛んで来ただろ? ドラゴンが降りられる草原で花冠を作った。花冠を乗せたリリスが可愛かったから、よく覚えているさ」


 まさか、いきなりウサギの耳を齧った幼女の残酷さに驚いたから……とは口にできない秘密だ。


 照れて俯くリリスの首筋が赤い。リップ音を立てて首筋にキスすると、周囲から悲鳴と物を落とす鈍い音が重なった。騒がれるのに慣れたルシファーとリリスは気にしないが、ルーシア達はそうもいかない。足に大きなレンガを落とした青年に治癒魔法をかけ、卒倒した女性を抱き起したりと後始末しながら追いかけた。

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