142. どのように殺してやろうか

 ぎええぇぇぇ!!


 爬虫類系はたいてい同じような鳴き声をあげるものだが、ワイバーンの威嚇にルシファーが口角を持ち上げた。ヤンより少し小さいが、魔狼程度の大きさはある。ルシファーに掴みかかろうとした魔物へ、ついっと指先を向けた。


「おまえが余の宝をさらったトカゲか」


 姿を見るなり蘇った怒りに、口調が仕事バージョンになる。魔族が纏まりきれなかった頃、殺伐とした魔物や魔族との戦いが続く中で覚えた話し方だった。相手を見下した言葉が口をつき、ワイバーンへ向けた指先が右から左へ動く。


「罪は死んであがなえ」


 風が動いて、真空の刃がワイバーンの翼を切り刻む。風を受ける皮膜を破られたワイバーンが悲鳴を上げながら、錐もみ状態で落ちた。下は深い滝つぼがあり、一度沈んだワイバーンが浮かび上がる。溺れてじたばた足掻くワイバーンを魔力の網ですくって、近くの地面に下ろした。


 溺れる程度の楽な死を、この魔物に許す気はない。


 リリスを抱いたまま近づき、威嚇するワイバーンの喉を炎で焼いた。呼吸が苦しくなったワイバーンがのたうち、暴れる振動が地面を揺らす。仲間のピンチに駆けつけた他のワイバーンが、ルシファーめがけて攻撃を仕掛けた。


「邪魔だ」


 大きめの結界に阻まれて近づけないワイバーンの群れを、魔王は嫣然とながめる。結い上げた髪の一部がほつれ、整った顔に影を落とした。


「ルシファー様」


「手出しは許さぬ」


「はっ」


 ワイバーンの群れに気付いて駆けつけたアスタロトの右手には、愛用の虹色に輝く剣が握られている。魔法で切り裂くより剣を振るうことを好む側近は、主君の命令に一礼して剣を消した。


「どのように殺してやろうか」


 焼いても切り刻んでも気が済まない。しばらく生かして吊るしておこうか。生きたまま食われるよう、他の魔物にくれてやるか。それでもこの怒りを鎮めるには足りぬ。


 見つめる先で苦しむワイバーンの動きが緩やかになった。窒息しつつあるのだろう。近づいたルシファーがワイバーンに治癒を施し、呼吸が出来るよう火傷を軽減させた。


「そうだな……あと数十回はから、トカゲらしくみじめな最期を迎えさせてやる」


 何度も死の寸前まで突き落として回復させ、気が済んだら魔狼やミノタウロスにくれてやればいい。彼らは生きたまま、ワイバーンを引き裂いて餌とするはずだ。ついでに他のワイバーンも道連れにするか。


 一度で死なせるなど、腹の虫が収まらなかった。大切なリリスの立后りっこうを邪魔した群れを、一匹でも討ち漏らす気はない。


「陛下」


「なんだ?」


「立后の儀がございます。このワイバーン達は私がお預かりしますので、一度リリス嬢とお戻りに」


「そうだな」


 ワイバーンの処罰はいつでも出来る。アスタロトが預るというなら、決して殺さぬよう預けても構わないが……釈然しゃくぜんとしなかった。しかし一度で殺さないのなら、かなり時間がかかってしまう。


 迷うルシファーの純白の髪がひょいと引っ張られた。


「ん? どうした、リリス」


 穏やかな声で、愛娘に微笑む。さきほどワイバーンを攻撃した姿が嘘のようだった。


「パパ、このトカゲ食べれる?」


 きょとんとして、毒気が抜けたルシファーが後ろの部下を振り返った。貼り付けた笑みで本心を隠したアスタロトへ、そのまま尋ねる。


「ワイバーンは食べられるのか?」


「……食したことはございません」


 遠まわしに「食べるな」と伝えられ、頷いたルシファーは腕の中の幼女に返した。


「食べない方がいいな。ヤンは平気かも知れないから、お土産にしようか」


「うん! リリスがやる!!」


 奇妙な言葉に首をかしげたルシファーは、次の瞬間、言葉を失った。ルシファーの結界を内側から突き破ったリリスの魔法が、飛んでいるワイバーンを直撃する。以前に見せた雷を応用したものだが、焼け焦げて落ちるワイバーンを凝視した。

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