1266. 視察ついでに海へ

「なんでもお強請りを聞いていたら、キリがありません。やめてください」


 アスタロトにきつく言われるが、ルシファーもなかなか引き下がらない。認めさせるために、条件をつけ始めた。


「オレがついて行くから」


「さらに護衛や調整が必要になるので迷惑ですよ」


 一刀両断される。


「ヤンやイポスを護衛につけて、それから場所を限定しよう」


「護衛はいいですが、場所ですか?」


 どこにするつもりかと問えば、最も厄介な場所を口にした。ルシファーにしてみたら、大公女を危険な目に遭わせるより自分が出向く、の精神だった。


「元人族の領地があった、海辺の方はどうだ? 緊急対応のできるオレが一緒なら、何とでもなる」


 視察に行くついでに、リリスと約束していた海を見よう。そんな思惑が透けて見える。


 義娘ルーサルカを可愛がるアスタロトにとって、魅力的な条件だった。まずルーサルカの危険を減らせる。だが見回りたい場所のひとつでもあるので、誰かが行ってくれると助かる。自分達は手が離せない。魔王軍を派遣する方向で調整していたが、彼らは人族を見つけるといきなり攻撃するだろう。


 殲滅の許可が出ているが、わざわざ密かに隠れ住む者まで狩り出す必要はなかった。それをしたら、弱い魔族を狩った人族と同じ振る舞いになる。唸るアスタロトの横から、ベールが交渉を引き継いだ。ここで交渉相手が変更になれば、ルシファーが不利だ。


「こちらからも条件をつけましょう。見つけた人族の村や集落は報告すること。決められたルートを外れないこと。居場所を毎日報告すること。以上を守っていただくなら、許可します」


 条件を確認していくが、特に問題はない。実現可能な範囲で、しかも不条理な条件がなかった。頷いたルシファーとベールの間で、視察が決定された。ルシファーの単独視察は以前から行われていたため、公表せずに出発することに決まった。今回の留守番役はベルゼビュートだ。


「あたくしに任せて! 魔王城は守り抜くわ」


 敵らしい敵もいない現状、何と戦う気なのか。ベルゼビュートは強気で言い放った。呆れ顔のアスタロトが一言注意する。


「気合を入れすぎて、敵以外を攻撃しないようにお願いしますよ。以前のように助け舟は出しませんからね」


 過去に勢い込みすぎて失敗した後始末をした同僚の言葉に、ベルゼビュートは笑みを引き攣らせた。


「大丈夫よ、あたくしは大人だもの」


 だから心配なんです。そう呟いたベールの声は聞き流された。


 大公女達が呼び出され、休日の調整と移動の予定を立てるよう命じられた。相性を考えると、ルーシアとシトリー、レライエとルーサルカだろうか。だが性格が近いタイプを組み合わせると、暴走した時に歯止めが効かない。いろいろと検討した結果、ルーサルカとルーシア、レライエとシトリーの組み合わせに変更された。


 安全装置替わりの緊急転移魔法陣を刻んだペンダントを手渡され、首から下げる。魔力を僅かに流して握れば、反応する仕組みだった。間違えて発動したとしても、魔王城に帰ってきてしまうだけの話だ。爆発などの危険はない。緊急時だけでなく、帰還の際に利用することも許可された。


 この魔法陣がうまく作動すれば、各地に設置する魔法陣の簡略化が一気に進む。実験的な側面もあるため、リリスとヤンの首にも掛けられた。本日は休暇中のイポスにも渡される予定だ。


「我が君、我には握れませぬが」


 困惑した様子のヤンへ、ルキフェルが説明を追加した。


「ヤンの分は魔獣用に変更したんだ。魔力があまりない個体もいるからね。咥えて噛み砕いたら作動するよ」


 今後、植物系の魔族や水中に棲む種族に関しても改良を行う。空を飛ぶ種族はほとんどが魔力による浮力を得ているため、少量の魔力で作動するのは逆に危険だった。研究が捗ると浮かれるルキフェルは、大量に製作したペンダントを揺らした。

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