46. リリスが一緒じゃないとヤダ
渡された書類は、珍しく大きな図面が添付されていた。
「前に見たような……人族の砦だったか?」
「正確には砦がある街ですね。ここが砦、反対側が緩衝地帯の森を切り開いた街道へ続く門になります」
以前に提案されたのは、魔狼族の子を誘拐して魔の森に火をつけた人族への報復として、彼らの前衛基地となっている町をひとつ滅ぼすものだった。忘れていたわけではないが、リリスの保育園が始まったこともあり、頭の片隅に追いやったのだ。
「すでに魔狼族や
「じゃあ、リリスが休む通知をしないといけないな」
当然のように続いた文言に、アスタロトは「やっぱり」と顳を押さえて大きく息を吐く。
「リリス嬢は保育園の日でしょう」
折角安心して預けられる場所が出来たのだ。彼女も機嫌よく通っている。無理に連れて行くことはないと告げるアスタロトの正論を、ルシファーは我が侭で突破しようと試みた。
「リリスがダメなら、オレも行かない」
「そういうわけには行きません。ここは陛下の魔王としての威厳を示す場であり……」
「なら、リリス同行じゃなきゃヤダ」
「わかりました。ですが、私も同行します」
こういった状況で、大公が同行することは少ない。魔王自身が立ち会う以上、配下である大公達は城や領土を守って帰りを待つのが慣習だった。それを破ってでも付いていくと口にすれば、あっさりルシファーは頷いた。
「そうだな、万が一があるからな」(いざとなればアスタロトを盾にすればいい)
口にされなかった物騒なセリフを感じ取り、アスタロトは苦笑いした。
「しょうがないですね。リリス嬢の盾になりましょう。消える気はありませんが」
「……時々、お前の種族を疑うよ」
心を読む能力がないはずの吸血種族であるアスタロトの見透かした言葉に、ルシファーは気味悪そうに返した。書類の空欄に署名をして、承認する。
「明後日か。リリスの服を用意しておいてよかった」
にこにこしながら隣の部屋に移動し、白いドレスを引っ張り出す。レースやフリルがふんだんにあしらわれたふわふわのドレスには、背中に白い羽根で作った擬似翼のアクセサリーが付いている。お揃いの羽をリリスは喜んでくれるだろうか。
浮かれながらドレスを手ににやけるルシファーを、アスタロトは引き摺るようにして執務室へ戻した。
「陛下、まだ決裁すべき書類が残っています。お迎えが間に合いませんよ」
時計を指差した部下の仕草に慌てて机に戻ったルシファーは、残りの書類を一気に片付けた。机の上に残っていたコーヒーも飲み干すと、「行って来る」と勢いよく部屋を出て行く。
廊下を走るなと叱るベールの声を聞きながら「仕方ない人ですね」と笑うアスタロトは、ソファの上に残されたドレスに気付いた。このままにしておけば、戻ってきたルシファーが止める間もなく、リリスが皺だらけにしてしまうだろう。
彼女が悪戯できないよう、ドレスを隣室へ戻したアスタロトがふと足を止めた。リリス嬢のために作られた部屋は、玩具が多少散らかっているが広い。その隅に、見覚えのない飾り物が落ちていた。
「……ドラゴニア家の紋章?」
竜族にこの紋章を使う貴族家があったはずだ。その紋章が入ったボールが、なぜリリス嬢の部屋にあるのか。先日から変身騒動を起こす長男が保育園に通っているが、彼女と面識はないと思われた。
「まあいいでしょう」
大した問題ではないと放りだし、アスタロトはそのまま部屋の扉を閉めた。
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