330. 前から知ってたわ

「なぜ庇うのですか?」


 猫耳の青年が不思議そうに問う。その疑問は誰しも抱いたもので、素直に尋ねた青年に同意する形で数人が頷いた。彼らの反応に、リリスはきょとんとした顔で呟いた。


「庇ったつもりはないけど」


「妙に落ち着いておられますね」


 拾われたという表現は、魔王の養い子に対して禁句になっている。誰もリリスに教えていないはずなのに、リリスに気にした様子はなかった。聞き流したのなら構わないとアスタロトが振り返ると、ルシファーが強張っていた。


 仮面で隠れていない口元を手で覆って青ざめる魔王の姿に、側近達が顔を見合わせる。これは余計なことを口走るかもしれない。危険な兆候にベールが近づくより早く、ルシファーの背に翼が出た。


「リリスに、バレた……」


 先ほどの落ち着きは、怒り心頭で失言に気付かなかったらしい。アスタロトの指摘で、すこし冷静になった頭が働き出したのだ。


「記憶を消す魔法陣を作らないと、マズイ」


 ぶつぶつ呟くルシファーの周囲で、感情に引き摺られた高まった魔力が渦を作る。純白の髪が風に煽られ、ふわりと浮き上がった。


「取り敢えずあの女と、この場にいる貴族を処分して……リリスに嫌われないように…うっ。嫌われたらどうしよう」


 小さな声で零す声は、幸いにして貴族達に届いていなかった。しかし魔力に中てられて倒れる者、魔王の迫力に卒倒する者が続出する。声が聞こえるほど近くにいられたのは、側近やリリスくらいだった。


「落ち着いて、パパ」


「パパと呼んでくれなくなったら……ん?」


 リリスの声に顔を上げたルシファーに、少女は平然と抱き着いた。魔力も翼も、威圧もまるで気にしていない。


「リリス、いま」


「パパ! すこし抑えないとみんな倒れるわ。心配してくれてありがとう」


 反射的に抱きとめたルシファーの腕の中で、腰に手を回した少女は目を合わせた。赤い瞳に浮かんでいるのは、楽しそうな色だ。


「前から知ってたわ。パパの子じゃないから、私はお嫁さんになれるのよね?」


 勉強していた過程で読んだ本に、血の繋がりが近しい者の交わりを禁じる法があった。


 パパは父親なのに結婚できる理由が知りたくて、彼女なりに調べたのだ。ルシファーに一人も妻がいなかった事実と、彼がよく拾い子を育てた実績から導いた結論が『血の繋がりはない拾い子』だった。


 魔王史を含めた多くの書物を読破したリリスは、とっくに自分で事実に到達していたのだ。にっこり笑って強く抱きつくと、ルシファーの魔力がすこし落ち着いてくる。


「そうだ。リリス以外は娶らない」


「それなら任せて。私はパパのお嫁さんになるんだから、ちゃんと出来るわ」


 ルシファーは肩を竦めて一歩下がった。それはリリスにこの場を任せるという意思表示に他ならない。この場で仮面を外した者は立場を明らかにした。つまり『誰か知らなかった』という暗黙のルールは通用しない。さらに魔王が仮面を外さずに場を譲ったことで、会場内で最上位なのはリリスだと示した。


 魔王が翼を畳んだことで、渦巻いていた魔力の渦が収束する。気を失った者は運び出され、この場に残った貴族は半数ほどに減っていた。


 新たに気付用の飲み物が振る舞われ、大広間は落ち着きを取り戻し始める。青ざめていたリリスの側近達は、いち早く動き出した。


「我らが敬愛する魔王の妃となられるリリス姫にお尋ねいたします。この女をどのように処断なさいますか?」


 試すようにアスタロトが尋ねると、リリスは彼と同じ赤い瞳を見開いたあと、扇で口元を隠した。さもおかしくて溜まらないといった風情で、くすくすと笑い声が漏れる。赤黒くシミになったドレスを見せつけながら、数歩進み出る。人々の視線を一身に集める少女は堂々と言い放った。


「処断なんて必要ないわ。だってですもの」


 先ほど扇動の声を上げたシトリーとレライエは、ちゃっかり前に出ていた。それぞれのパートナーと連れ立って、仮面を外す。ルーサルカもレースマスクを解き、ルーシアだけが仮面のまま。


「姫様の仰るとおりね。野生の金魚が混じったからって、苛めてはいけないわ」


 仮面で顔を晒さぬルーシアの声に滲む響きと意味に、貴族達は顔を見合わせた。カンの良い者は納得した様子で頷いている。



「ぶ、侮辱だわ」


 ドレスより赤くなる顔で、気絶を免れた女は身を震わせた。

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