1213. お母さんと呼んであげて
魔の森の内側……リリスが案内した場所は、果てが見えない空間だった。見回す限り視界を遮るものはなく、不思議な静けさがある。
「こっちよ、ほら」
リリスは何もない場所をそっと押した。彼女と手を繋いだルシファーは、扉のように開いた先に踏み入る。途端に風景が変わった。広がる草原に木々が生い茂り、魔の森の鬱蒼とした風景とは一線を画している。手入れのされた美しい庭のような景色だ。
鳥や動物の気配はなく、ただ自然だけがあった。外の天気はまったく関係ない。眩しい日差しが降り注ぐものの、暑くはなかった。
「あ、お迎えが来てる」
リリスは嬉しそうに笑い、ルシファーを引っ張った。木陰に佇むのは、ぼんやりした白い人影だ。湯気や煙のように固形ではなく、しかし風に飛ばされそうな弱さは感じなかった。
「魔の森……なのか?」
震えが来るほどの魔力は感じる。だが形が定まらない存在が森の意思だと言われても、なかなか理解が追いつかなかった。ただ、本能は圧倒的強者だと告げる。
「私やルシファーにとってのお母さんよ」
両親という概念がなく育ったルシファーは、何も答えずに人影を見つめる。親に近い存在だと言われても、実感はなかった。
「お座りなさい、ですって」
リリスは意思の疎通が出来ているため、通訳となってルシファーに伝える。言われた通り、目の前の木陰に座った。リリスが座ろうとしたのを見て、慌てて絨毯を取り出そうとするが、その前に彼女はぺたんと座った。
「ドレスが汚れるぞ」
ふわふわとしたピンクのスカートを気にせず座るリリスは、こてりと首を傾げたあと微笑む。
「平気よ。ここは森の風景に見えるけど、実際の森じゃないもの」
ルシファーが来るから作ったの。そう言われて、伸ばした指先で草に触れる。触った感触はなくすり抜けた。これなら草の汁で汚れる心配もなさそうだ。
「魔の森……お母さんと呼ぶわね。お母さんが照れてるわ。ルシファーのこと、本当に大好きなのよ」
もぞもぞと動く白い人影は、表情はもちろん前後の区別も付かない。照れているのだと言われても、ルシファーには判断出来なかった。
「尋ねてもいいか? なぜオレが魔王なのか」
アスタロトでもベールでもいい。ベルゼビュートだっていた。あの3人から選ばなかった理由が知りたい。気づいたら森にいて、記憶は曖昧だった。攻撃を仕掛けられたから倒し、特に食事も必要とせず、ぼんやりと過ごしてたのに。ある日、あの3人の争いに巻き込まれた。そこから自我が強くなり、記憶もはっきりしている。
「えっと……選んだんじゃなく、最初から決まって……違う? もう! 自分で説明して。難しいことばかり言うんだもの」
通訳のリリスがキレた。魔の森が身振り手振りで伝えようとした内容が、うまく伝わらないようだ。彼女らしいと微笑んだら、白い人影がほんのり金色に染まった。じわじわと人影は変化し、人の姿を作ろうとする。だが途中で諦めたのか、体をドレスのようなひらひらした形状の物で覆った。
肌は白い煙、だが髪と思われる部位が盛り上がり、まるで夜会用に結い上げたみたいに膨らんだ。体を覆うドレスのような布がひらりと揺れ、固形に近い形を作る。
「リリスに、似てるな」
思わず呟いたルシファーの言葉に、ぶるりと白い人影が揺れ……あっという間にリリスの形を真似た。
「ルシファーに好かれたいみたい」
ふふっと笑うリリスの言葉通り、人影は肌を作り上げ、ドレスを纏い、もう1人のリリスとなった。15歳前後の外見のリリスより、10歳ほど年上か。
「魔の森?」
「お母さんと呼んであげて」
腕を絡めたリリスが強請る。少し躊躇ったあと、お母さんと呼びかけたところ、もう1人のリリスは嬉しそうに頬を染めた。
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