1238. 天才作家の意外な正体

 お茶会のテーブルの上に、リリスは読み終えたばかりの恋愛小説を置いた。


「これ、アンナが書いたでしょ」


 お茶に呼ばれたアンナにそう尋ねた。双子の片割れを抱いたアンナは目を見開き、本を見て微笑んだ。隣に座るイザヤが息子をあやしながら目を逸らす。


 お茶を一口飲んだアンナは目を伏せ、少し時間を置いてからカップをソーサーへ戻した。ルーサルカはお気に入りの茶菓子をひとつ口へ入れ、ルーシアに「アベルは一緒に来なかったのね」と揶揄われて噎せる。慌てたシトリーがお茶を差し出し、慌てて喉を潤した。


「ふふっ、そうですよね。リリス様まで騙せるなんて」


 偲び笑うアンナの思わぬ言葉に、全員が目を見開く。まさか? そんな視線を向けたルシファーに、イザヤが真っ赤な顔で俯いた。息子が耳を掴んで引っ張る。苦笑いしたアンナが、息子の気を引いて夫の耳を離させた。微笑ましい家庭の一場面を見ながら、擦れた声でルシファーが沈黙を破る。


「イザヤ、なのか?」


 信じられない。そう匂わせたルシファーへ、おずおずと頷いた。リリスは驚き過ぎて口を押えて絶句し、大公女達は予想外すぎる真実に固まる。あの愛らしい令嬢の仕草やセリフを書き記し、傷ついたご令嬢を熱く口説く男性を描き切った作家が……目の前の武人と見抜く者はいなかった。


「ええ。意外な才能でしょう? 実は日本でも書いていたそうです、私にも内緒にしてて。先日偶然知ったんです。私が大好きな作家の小説の続きが読みたいと話したら、その作家が兄でした」


「夫だ」


 さっと訂正するイザヤだが、顔も耳も腕も……見える場所はすべて真っ赤だった。照れるとぶっきらぼうになるのは知ってたが、ここまで赤くなるのは余程照れているのだろう。


「素晴らしい才能だ。作家本人がいるならちょうどいい。先日の話を決めてしまおう」


 今後の娯楽開発において読書が重要、とまだ簡素な案をルシファーが切り出す。あっという間に議論が始まり、ルーサルカやシトリーが懸念を表明する。というのも予算を与える作品に基準を設ける方向性らしい。だが今後の発展を考え、ルーシアとレライエは作家自身に頑張る気があれば、チャンスを与えるべきと主張した。翡翠竜は深く考えずに、婚約者を支持する。


 双方の意見はどちらももっともな話で、ルシファーはにこにこしながらリリスの口に焼き菓子を運ぶ。こうした議論は活発に行う方がいい。遺恨を残しそうになったり、違う方向へ話が逸れたときに口を挟むだけでよかった。年長者の役目はそのくらいと考えるルシファーの膝で、リリスはお茶のカップに檸檬を滑らせる。


「ルシファー、青いお茶が飲みたいわ」


「アデーレに頼んでおこう。明日でいいか?」


「そうね。今は盛り上がってるからお茶の色が黒でも気づかなそうだもの」


 檸檬を入れるとピンクになる青いお茶は、リリスのお気に入りだ。檸檬を滑らせたことで思い出したのだろう。のどかな会話をする魔王と未来の魔王妃の前で、作家本人を巻き込んだ論争は白熱していた。


「結局どうなるのかしら」


「全体の方針としては、何らかの基準に達した作家に支援することになるだろうな。過去の事例を踏襲すればの話だ。もし日本人や大公女の知恵や発案で素晴らしいものがあれば、それを採用する」


 儀式や形式にこだわるように見える大公達も、こうして議論を交わして発案し、実行してからも改善してきた。大まかな方向性は守ってきたが、新しい考え方を受け入れる土壌はある。


「まあ、しばらくはアイディアを出し尽くしてもらおうか」


 笑うルシファーの頬を引っ張り、リリスが「悪い顔よ」と注意する。顔を見合わせてくすくす笑う2人の前で、熱くなった6人と1匹は意見を交わし続けた。

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