211. 大虐殺の宴を回避せよ

「……都か」


 街と呼ぶ規模を超えている。人族は街の大きさによって呼び方を変化させるため、1万人規模を超えた集落を『都』と称する。王城がある『王都』でないのが幸いなのか、逆に不幸なのか。


 これではアスタロトやベールを止めるのは難しい。彼らは人族排除派の中でも過激な方で、魔王城へ呪詛つきゾンビを送った人族の都に容赦はしないだろう。


 眼下に広がる都は、すくなくとも3万人規模の住人が住まう中規模の都市だ。魔物避けの城壁や立派な堀をみる限り、出来て間もない新しい街だった。最新式の魔物避けが施された建物もいくつか見受けられるが、あれらは公共的な施設だろうか。


 ここが王都ならば、何らかの理由をつけて助けることも出来たはずだ。人族を滅ぼすわけにいかないとか、纏め役の王族を殺すと面倒が増えるなんて理由もあるが、ただの中核都市ならば容赦する理由がない。住民を全員殺してもなんら障害にならないのだから。


「参ったな」


「どうしたの? パパ」


「……アスタロトが怒りそうだなと思ってさ」


「アシュタ、怒るの?」


「うーん、もう怒ってるけど我慢してたのが爆発するぞ」


「そうですね、私のことをよくお分かりいただいて、嬉しいですよ」


 ゾンビの通り道を落ちて人族の領地に立った時点で、魔法陣の外に出ている。つまりルシファーの魔力を終点とした転移が可能だった。にっこり笑う側近が目の前に転移して一礼した現在、ルシファーに出来ることはこの都に住まう人族の冥福を祈るくらいだ。


「アシュタ!」


「ルシファー様も、リリス嬢もご無事でよかったです」


「ルキフェルっ!!」


 後ろに現れた別の魔法陣から飛び出したベールが、羽ごと幼児を抱き締める。全員が浮遊しているからいいが、地上だったら目立ってしょうがない面々だ。基本的に美形が多い上、背中に翼のある魔族ばかりなのだから。


「ベール、僕もリリスも無事」


 ルキフェルの中でルシファーが無事なのは当然なので、報告対象から外されている。


「ベルちゃんもきた! あとベルゼ姉さんだけだね」


「やめてくれ、そんな不吉な……」


 魔王と4人の大公が揃ったら虐殺程度の表現じゃ済まない。引きつった顔で否定するルシファーへ、アスタロトが機嫌よく言葉をかけた。人族を処罰する正当な理由が嬉しくて仕方ないらしい。喜びが黒い笑みとなって外に漏れ出している。ついでに魔力も多少溢れていた。


 ここに4人も揃ったらオーバーキルだ。そのまま人族をすべて滅ぼしかねない。不吉な予感に冷や汗が滲んできた。可愛いリリスの言葉が予言にならないよう、願うくらいしか出来ない。


「ベルゼビュートには、城の守りと片付けの指揮を命じました」


 いつからベルゼビュートに命じる立場になったのか。突っ込みたいが危険なので触れずに視線をそらすルシファーへ、アスタロトはご機嫌で続けた。


「ベールとルキフェルも手伝いに帰らせましょうか」


「そ、そうだな! それがいい!!」


 まさかのアスタロトからの戦力削減提案に、ルシファーはすぐに乗っかった。きょとんとしているリリスが、足元に目をやると無邪気に指差す。


「パパ、人がいっぱい!」


「……いっぱい?」


 嫌な予感に足元を見れば、確かに人がいっぱいいた。それもこちらに気付いて指差したり、何やら叫んでいる。とっくに気付いていたアスタロト達は、苦笑いして顔を見合わせた。


「とりあえず、今回の騒動の主犯を捕らえよう。それから」


 方向を示して、何とか人族大虐殺の宴を回避しようとする魔王だが、側近はそう甘くない。満面の笑みで首をかしげた。


「おや……奇妙なことを仰るのですね。攻撃されたら10倍にして返すのでしょう?」


 確かに昔言った。襲撃された直後に自分の口で言った記憶はある。しかし、それは相手も強大な魔族――魔王になる前に敵対したアスタロト本人――だったし、確実に殺るか殺られるかの状況で発した警告だった。今とは状況が違う。


「相手が強ければ10倍でいいが、足元の蟻を踏み潰すのに全力を出す必要はないだろう」


 溜め息交じりで応じると、アスタロトに上機嫌で「蟻を踏み潰す、よい表現ですね」と褒められてしまった。

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