210. 落ちた穴が繋がる先は予想通りです
落ちた穴の底は存在せず、飛び出した先は見覚えのない景色だった。何らかの施設らしいが、石造りの部屋はまるで墓所のようだ。天井も床も壁もすべて石で、扉だけ金属製。家具もなにもない空間だった。
空中に放り出され、咄嗟に浮遊してからゆっくり下りる。叩き付けられたら、いくら結界があっても多少の衝撃はあっただろう。
「パパ、頭痛い」
「僕も」
頭痛を訴える幼女と幼児に、ルシファーは「オレもだ」と同意した。激しい頭痛の最中だが、現在緊急を要する案件が発生している。
空気が薄くないか? ここ。頭痛の原因が薄い空気かもしれない。試しに魔法で火を灯そうとするが、すぐに消えてしまった。やっぱり空気がほとんどない。周囲を守る結界がなければ、窒息していたかも知れない。
「おいで」
ルキフェルと手を繋ぎ、リリスを抱っこしたまま扉に近づく。押してみるが動かないので舌打ちして、破壊の魔法陣を叩き付けた。
ダンッ!
派手な破壊音がして、金属製の扉が
大きく息を吸い込んだ3人の前に、上へ続く階段があった。他に道や部屋はないので、とりあえず外へ出る目的で階段を上る。数十段で扉が現れた。ガラス細工の窓がある小さな小部屋と、外へ続く扉や門を次々と通過して、ようやく芝生のある庭に出る。
振り返った建物は、小さな教会に似た石造りの建造物だった。どこをどうみても、貴族の……それも人族の貴族の墓所だ。
「人族の領域か?」
魔族の貴族にも同様の墓所を作る連中はいるが、彼らならば墓荒し対策の魔法陣を刻むはずだ。しかしそういった魔法陣は見受けられないし、結界に干渉する感覚もなかった。
人族の領域に繋がるのは、ある意味予想通りだ。呪詛を使う種族は人族しかいないなら、呪詛に汚染されたゾンビを魔王城に送り込む輩は人族以外考えられない。
どこまで愚かな種族なのだろうか。自分達が生きていくために魔族や魔物を殺すと息巻く彼らを、滅ぼさずにいるのは魔王の温情だというのに。気付くことなく滅びへの道をまい進する彼らの生存本能は、生き物として欠陥品だった。
弱者が強者に牙を剥く行為は種族滅亡の引き金でしかない――なぜ理解できないのか。
「愚か過ぎて言葉が見つからない」
初代勇者にこの状況を見通す能力があれば、彼女は人族の領地を求めなかったかも知れないな。ルシファーは眉を寄せて呟いた。もぞりと腕の中のリリスが動く。
「パパぁ、吐きそう」
「ああ、悪い。気持ち悪いのを治そうな」
詮索は後だ。ぐったりしたリリスを芝の上に下ろして、足元に魔法陣を展開する。手招きしてルキフェルも一緒に入れると、3人まとめて治癒魔法をかけた。汗をかいてしっとりしているリリスの黒髪を撫でて、額に手を当てる。
「治った! パパすごい」
「おいでリリス」
頭痛が消えると、リリスは嬉しそうに手を伸ばした。再び抱き上げたリリスはひとつ欠伸をする。穴に落ちる前の転移らしき術を使ったのがリリス自身だとしたら、かなり魔力を消費したはずだ。出現時に魔法陣が表示されなかったし、終点を彼女が指定できたとは思えない。
魔族が魔法を使わず魔法陣を多用するのは、魔力の使用量を抑えるためだ。人族のように魔力が低い種族はもちろん、安定して使える魔法陣はルシファー自身も積極的に利用してきた。一方、魔力量が足りず魔法が発動しない人族が魔法に似た効果を得るには、魔法陣による魔術しか方法がない。
リリスは魔法陣の仕組みも習っておらず、理解せずに魔力量に物を言わせて強引に
「ここどこ?」
「人族が住んでる街だと思うぞ」
答えながら、無言で考え込んでいるルキフェルの頭を撫でた。髪の毛に隠れていて見えないが、撫でると指先に小さな突起が触れる。竜族出身のルキフェルには、小さな角があるのだ。アスタロトのように大きなものではなく、触れなければ気付かない程度だが、ルキフェルは擽ったいのか首をすくめた。
「飛べるか?」
「うん」
ルキフェルがドラゴン特有の爬虫類系の翼を広げる。小さいため、これで羽ばたいて身体を浮かせることは出来ないが、魔力で浮いた身体の向きや動きを制御するのだ。同様に黒い1対2枚の鳥の羽を広げたルシファーが、ゆったりと身の丈より大きな翼を動かした。
繋いでいた手を離したルキフェルが先に地上を離れ、安全を確かめるように空から周囲を見回す。追いついたルシファーは、思ったより大きな街の姿に苦笑いを浮かべた。
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