1067. 叱られて褒められた
結論から言えば、ものすごく叱られて……最後に少し褒められた。
「自らを傷つけるあなたをみた、ヤンの気持ちを考えなさい。護衛として役目を与えたなら、彼を尊重しなくてはならないと教えたはずです。魔王を守れなかったことに対し、ヤンがどれだけ心を痛めるか。わからなかったのですか?」
「ごめん、ヤンもすまなかった」
ソファの上で身を縮めながら謝罪する。珍しく説教役はベールだった。書類に署名をもらいに来たベールに、ヤンが泣きついた形だ。
「許してあげて。私のせいなの」
「姫は口を挟まない。こういう場面で陛下を庇うのは良くありません。この方が間違った時は、自分で責任を取らせなければなりませんよ」
「はい」
あっさり引き下がったリリスは、申し訳なさそうに少し離れた椅子に腰掛ける。差し出されるお茶を手に、心配の眼差しを向けた。ルシファーは言い訳せずに叱られている。
「ですが……今回の魔法陣は、多くの女性魔族にとって救いとなるでしょう。痛みが軽減されれば、生活が楽になりますからね」
「リリスも楽になったようだ」
それが何より嬉しいルシファーに、ベールは叱る言葉を飲み込んだ。本人は良かれと行なったことなのだ。あまり厳しく言い聞かせるものでもないだろう。
「魔法陣の権利は放棄していただけますか」
「構わん。好きに使え」
多くの民に行き渡らせるには、安価で複製する必要がある。権利者への支払いをゼロにすれば、子供のお小遣いでも購入できるはずだ。あっさり頷いたルシファーへ同意し、ベールはコピーした魔法陣の紙を手に退出した。
ドアが閉まり、彼の気配が遠ざかるのを待って……ルシファーへリリスが飛びついた。
「ありがとう、ルシファー。痛くないわ」
「よかった。苦しそうなリリスを見るのは、身を切られるより辛い」
黒髪や額にキスを降らせるルシファーに、リリスは笑顔で頬を擦り寄せた。ヤンがのそのそと近づく。ショックで毛が抜けた部分を癒しながら、ルシファーはもう一度謝った。
「……ああして、城門前のお店を賑わす商品が生まれるんですね」
感心しきりのルーサルカへ、ルシファーは申し訳なさそうに告げた。
「さきほどは悪かった。ルーサルカの言葉で思いついたのに、権利を放棄してしまった」
彼女にも収入を得る権利がある。そう言葉にすると、ルーサルカは目を見開いたあと笑い出した。
「あの一言でお金をもらったら、お義父様やお義母様に叱られますわ」
自分の功績ではない。あっさり笑い飛ばした彼女に、ルシファーは余計なことを言わずに肩をすくめた。アデーレはともかく、アスタロトは褒めちぎると思うぞ。請求される前に、何か宝石でも贈ることにしよう。
「アンナ達はどうしてるのかしら」
実験に参加していると聞いたが、その先の話は入ってこない。
「何か起きれば報告がある。知らせがないのは元気な証拠だ」
ベルゼビュートもルキフェルも、きちんと気にかけている。あの2人がついているのに、不慮の事故は考えられなかった。信頼の滲む言葉に、リリスが大きく頷いた。
「そうね……ねえ、実験が終わったら温泉はどうかしら。前に遊びに行った屋敷があったでしょう?」
性教育で使用した、火山近くの温泉だろう。ここしばらく忙しかったし、休暇を貰えば問題ない。頷いたルシファーがさらさらと書類を作り始めた。
「休暇の申請書類だ。リリスはいつも通りだが……大公女は付き添いの仕事でいいな。ヤンは護衛じゃなく休養扱いだ」
自分の休暇書類の下に、同行者を記す。それから署名して、執務室から取り寄せた印章を押した。
「完璧だ」
「こういうことだけ、早いですね」
ノックしたが返事がなかった。入室しながらアスタロトが笑う。だが書類は問題なく受理され、5日後から一週間の温泉旅行が決まった。
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