1066. 痛みを取り除く方法
リリスは唸っていた。腹痛が酷いが、治癒魔法は使えないのだ。ベッドで丸くなる彼女に、ルシファーは膝を貸した。
「その痛みを代わってやれたらいいんだが」
出産時は10倍痛いと聞いたこともあり、ルシファーはおろおろしていた。今でも苦しそうだ。男は無力だと嘆きながら、ひたすらにリリスを撫で続けた。
「腰を温めると楽になりませんか」
ルーサルカが作った温石を背中に当てる。同じ物をすでに抱えるリリスは、ほんのりとした温かさに肩の力を抜いた。下腹部に当てた温石に触れたルーシアが、慣れた様子で交換する。
レライエは休日だが、なんと彼女も同じ状態だった。ただレライエの方が症状や痛みは軽い。
ノックの音が響き、シトリーが顔を見せた。リリスの寝室として作られた部屋は、温室のように暖かい。部屋全体の温度を上げたルシファーは、手元の書類に時折サインしながら、心配そうにリリスに話しかけた。
「欲しいものはあるか?」
「喉渇いたわ」
廊下からワゴンを運び込んだシトリーが、ほっとした顔でお茶のポットを揺らした。
「ちょうどよかったです。お茶をお持ちしました」
普段と違い、両手で包む形で持つ取っ手のないカップだ。温めたカップに、香りのいいお茶を注いだ。色はほぼ透明に近い薄黄色で、花に混じってミントのような清涼感のある香りがした。
「ハーブティか?」
「薬草茶、と聞いています。ベルゼビュート様が、このお茶は痛みを緩和すると仰ってました」
シトリーの説明を聞くなり、リリスはよろよろと体を起こした。それから手を伸ばして、口元へ運ぶ。慌てたルシファーが支えて半分ほど飲んだ。
「本当、これ……すっきりするわ」
温かい物を飲んで落ち着いたのか、リリスが痛みに強張った体をほぐすように寄りかかった。しっかり支えたルシファーが心配そうに尋ねる。
「毎月こんなに痛いと、辛いな。他の女性達はどうしている?」
「人により痛みの度合いが異なるんです。私はほとんど痛みはありません」
ルーサルカは申し訳なさそうに告げた。面倒だと思う程度で、痛みはほぼない。逆に痛みが酷いルーシアはリリスに同情の眼差しを向ける。背を少し丸めた姿勢で、リリスはお茶の残りに口をつけた。
「ロキちゃんに頼んだら、痛みを和らげる魔法作れないかしら」
「治癒してはいけないのがポイントですね」
リリスの呟きを、ルーシアが拾い上げた。治癒魔法が使えないが、なんらかの形で痛みを止める魔法を考えることは出来そうだ。ルシファーは無意識に手のひらに魔法陣を作って弄り始めた。
痛みを止めるには、痛みの発生源を治す。原因がなくなれば結果もない。これが治癒の考え方だが、痛みだけ排除する方法……唸るルシファーの耳に、ルーサルカの声が飛び込んだ。
「痛みを感じなくなればいいのに」
「それだ!」
痛みだけ消そうとするのではなく、痛みを麻痺させて感じなくすればいい。手元の魔法陣を数カ所いじってから、出来上がった魔法陣を眺めた。
問題はテストだ。痛みを消すために麻痺の魔法陣を応用したが、痛くなければただ痺れるだけだ。期待の眼差しを向ける少女達を、いきなり実験に使うわけにもいかない。悩んだ時間は短かった。
ルシファーは風の魔法で二の腕を切り裂く。驚いた顔をする彼女達の前で、魔法陣を自らの体に適用した。部屋の片隅で大人しくしていたヤンが、血の匂いに飛び起きる。
「我が君っ! 何をなさっておいでか」
「魔法陣を試している」
あっさり切り返され、ヤンは呆然とする。だらんと垂れた尻尾とぺたりと平らになった耳が、彼の心情を表していた。護衛対象が自分を傷つけた場合、どうやって守ればいいのか。
「これなら平気か」
血の流れる傷がすっと消えていく。自らの手に治癒を施して傷を消し、垂れた血を浄化した。証拠隠滅完了だ。満足げに頷くルシファーだが、ヤンの告げ口でバレて側近に叱られるのは数時間後のことだった。
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