1311. 魔王と知らずケンカを売る勇者未満

 街道を逃げる人族の馬車は、疲れた顔をした女子供が中心だった。年寄りはさほど多くない。過酷な環境は人が長生きできず、老年者は自然と減るのだ。各地の国が次々と魔族に滅ぼされ、人々は祈った。自分達を助けてくれる、魔王を倒してくれる人が現れないかと。


 祈りに呼応したのか、各集落に異世界人が現れる。人族の間では「渡り人」と呼ばれ、圧倒的な強さを持つ異世界からの贈り物と認識されてきた。今回の渡り人は鮮やかな赤い髪の者が多く、体も一回り大きい。残った男達を心配しながらも、村の女性達は馬車に揺られ続ける。選択肢がなかった。


 村の場所を確保し維持するため、誰かが残らなくてはならない。体の丈夫な者や戦える者を中心に選べば、自然と夫や息子を置いて行く選択になった。異世界人は魔王を倒す勇者になるのだから、他の集落と力を合わせるには移動するしかない。女性達は不安を抱えたまま、我が子を抱き締めた。


「薄汚れたちっさいのしかいないな」


「全然相手する気になれないけど」


「他の集落に美人がいるかも知れないじゃん」


 勇者として降ってきた赤毛の男達は、じろじろと女の品定めに入っていた。都合よく土地を守る名目で、男と引き離すことが出来た。いざとなれば、顔は我慢して体だけでいいだろう。そんな下種な考えを咎めるように、捕まえた獣が唸る。複数繋いでいるが、一匹だけ威嚇をやめない。


「これも一応メスか」


 罠に掛かった獣は食料にする予定で引き摺ってきた。柔らかな毛皮も剥いだら使えそうだ。猫に似ているが、もっと大きな種類のようだった。威嚇しながら、鎖を目いっぱい引っ張って抵抗する魔獣を蹴飛ばす。大柄な男が足を振り上げた瞬間、上手に体を捻って衝撃を殺した。


「へったくそ」


「ちっ! 後で焼き肉にしてやる」


 もう一度放った蹴りも躱され、苛立ちまぎれに吐き捨てた。


「焼肉? 我が臣下の夫を食らう気か」


 思わぬ美声に、男達は周囲を見回す。警戒を強めた異世界人の前に現れたのは、美しい純白の男だった。残念に思う前に、腕を組んだ美少女に気づく。艶のある黒髪と大きな金色の瞳の少女は、整った姿をしていた。背後に現れたサタナキアは、咄嗟に自分達に目くらましを掛ける。


 視線で互いに合図を送り、戦闘の手筈を整える。目つきの悪い人族が良からぬことを考えているのは明白で、魔王の護衛に派遣された魔王軍の将軍が、ルシファーとリリスを守るのは当然だった。各々得意な武器を用意する。サタナキアが大きな槍を取りだす。後ろで竜族の若者が肘から先に鱗を纏った。


 赤毛の異世界人達は欲に取り憑かれていた。あの顔だけ綺麗な細い男は、色も白くて弱いだろう。日に焼けた様子もなく、ひょろっとしていた。集落の男から取り上げた棒を構える前に、さらに美女が追加される。ベルゼビュートは豊満な胸を見せつけ、大胆なスリッドで足を晒していた。ピンクの巻き毛を指先で弄り、眉を寄せる。


「何? 人族風情が、このあたくしに逆らう気?」


 強気な発言に、異世界人はにたりと笑う。その顔を歪ませて思う存分凌辱してやる。悍ましい想像に体の血を滾らせる彼らに、ルシファーが溜め息を吐いた。


「余を無視するとは余裕だが……ベルゼビュート、サタナキア、片付けよ」


 魔王バージョンの口調で対応を一任した。直後、ぱちんと指を鳴らした魔王の後ろに魔王軍の精鋭5人が姿を見せる。反射的に敵に気付き目くらましを使ったが、相手が人族なら不要だった。だが緊急時の対応として間違っていない。相手の力量が分からぬうちは手の内を明かさぬのも戦術だった。


「あの人達、じろじろと厭らしいわ」


「可哀想に。気分が悪いか?」


 心配するルシファーがリリスを抱き寄せローブに覆うのを確認し、銀の愛剣を抜いたベルゼビュートが踊るように進み出た。

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